生まれた時から殻がついている

 

 

 

 

 

雨、夜にあがる。26度。

6時に起きる。

ほうじ茶、コーヒー、豆乳。胸焼け止めの錠剤。

カタツムリをうっかり踏んでしまったと、妻。殻が少し割れたけど、治るか心配している。

昼餉は、リンゴジャムの全粒粉マフィントースト、豆乳、コーヒー、芋けんぴ。

夕餉は、冷奴、レタス・トマト・キュウリ・カニカマのサラダ、キャベツ・玉ねぎ・人参・ソーセージをのせた醤油ラーメン、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック。

妻とビデオ会話。夜半まで4時間。

 

 

 

 

 

 

もっとも禁忌なこと

 

 

 

 

 

 

曇り、のち雨。24度。

6時に起きる。

コーヒー。

犬・小鳥・熱帯魚・猫——身近に生き物がいつもいて、そのわりに、ずぼらな飼い主だったと思う。死んでいった生き物のことが頭から離れない日。

昼餉は、ナッツ、リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

自分が怠惰だと思うことほど辛いことはない。生き物をとおして、己の本来の姿が垣間見える。真っ先に浮かぶ言葉は、怠惰だ。

怠惰でさえなければ、あとはどんな人品骨柄であってもかまわないと思う。

夕餉は、冷奴、メンチカツ、ざる蕎麦、ウイスキーオンザロック、ほうじ茶。食後に、煎餅・芋けんぴ。

妻とビデオ会話。

床に就いてから、胃液の逆流、胸焼け。

 

 

 

 

 

 

峻厳な巡り合い

 

 

 

 

 

 

おおむね晴れ。26度。

6時に起きる。

コーヒー。

たとえば、コーマック・マッカーシーの『すべての美しい馬』から始まる国境3部作に若くして出会う人のことを思う。

体がむずむずし始めて、気づいたらバックパックを背負っている。漲っているのに、思いは病んでいる。若者はいつだってそうだけれど、かたわらに3部作がある。

アメリカで書かれたちょっと古風な小説が若者に打ち込んでいった楔は、死ぬまで抜けない。

物語のフォーム。言葉の連なり。喚起の連鎖。

若くしてマッカーシーに囚われる。その邂逅が覆っていく細胞の分裂のことを思う。

マッカーシーに出会うなんて、その歳で。

ずるいじゃないか、とジジイは珍しく思う。

トルストイでもトーマス=マンでもアンドレ・ジイドでもないのだ。

絶版になっているその本たちを神田の古書街で手に取る瞬間が訪れる。その若い人の姿を思う。

きっと再販はむずかしかろう。

出会いの隘路は閉じようとしている。

Amazon席巻の時代だというのに、巡り合いの、とてつもない厳しさを思う。

席巻の時代だからこそ、というべきかもしれない。

昼餉は、リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

ジョギング、9.79キロメートル。

妻から写真が送られてくる。芙蓉の葉をむしゃむしゃと食べる毛虫たちの姿。その奥に見える一群の蕾。

夕餉は、冷奴、野菜とウインナーソーセージの醤油ラーメン、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶、コーヒー。食後に芋けんぴ、ナッツ。

妻とビデオ会話。

 

 

 

 

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長月ともなれば……

 

 

 

 

 

おおむね晴れ。27度。

7時に起きる。

コーヒー。

住宅街の塀に沿って、アスファルトが淡い橙色に染まっている。散ってしまった金木犀。匂い微かに。

そのそば、大振りの宗旦木槿が咲いている。物の本によれば、千宗旦の好みだったそうで、それまで禁花だった扱いも彼のおかげか知らないが、好まれるようになったとか。三百年前にはなぜか嫌花に戻ったとある。極端なことではある。今はまた、そこここの庭木となって目を楽しませる。

昼餉は、花林糖、リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

ジョギング、9.61キロメートル。

小さな雑木林に、一群の彼岸花。そこだけ燃えている、誰かの想い。

夕餉は、冷奴、ウインナーソーセージ・目玉焼き、ざる蕎麦、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶、コーヒーとシリアル。

妻とビデオ会話。もうダメだと思っていた芙蓉。今年も枝を伸ばし、毎朝、二十ほどの花もつけた。いつの間にか、小径の向かいにも芽が出て、葉が茂っている、と妻。

必死というより、なぜか、したたかに見える芙蓉。

 

 

 

 

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どっちでも

 

 

 

 

 

 

曇り、のち雨。24度。

6時に起きる。

コーヒー。

坂元裕二の脚本より。

 

「スポーツの世界の一番は勝った人じゃないよ。金メダル取った人でもない。

グッドルーザー。

負けたときに何を思ったか、何をしたかで本当の勝者は決まるんだよ」(大豆田とわ子と3人の元夫)。

 

昼餉は、花林糖、シリアル、バター・リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

 

グッドルーザーのエピゴーネンは——

 

「スポーツの世界に限らず、勝った人が一番じゃないよ。

グッド・ウイナー。

勝ったときに、真っ先に自分を後回しにする。ほかにあるのが人生だと気付かせてくれる。ほんとうの勝者は、そこで決まるんだよ」

 

夕餉は、冷奴、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶。

妻とビデオ会話。

Appleは、深夜にiPadiPhoneApple Watchの新型を発表した。株価は、大きく下げている。

それとは別に、iOS 15.0の正式版と、macOS Big Surをアップデートして11.6をリリースした。11.6はセキュリティ・アップデートらしい。

 

 

 

 

 

 

使わない

 

 

 

 

 

晴れ。29度。

6時に起きる。

コーヒー。

姉に電話。

ワクチン接種が進んでいる一方で、感染が拡大している国が増えている。その相関はよくわからない。

この国の新規感染者は、少しずつ減少に転じている。それでも緊急事態宣言は月末まで延長となった。

駅前など人出は増えていると報じられている。

昼餉は、バナナ、バター・リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

ケータイから得られるものの大半は、要らない。そのことを、キャリアはわかっていない。料金プランを一大ニュースのように発表している社長の姿が、それを物語っている。解約しても困らない。最低限の契約にして、見ないということも考える。

インターネットに要する時間とか、金とか、ハードウェア投資とか。困ることはほとんどない。

いざというとき、頼っているぶんだけ役に立たない。なければ暮らせない、と強迫されているし、自分で自分を強迫している。だから、うっちゃって、触らないようにして暮らそうと思う。

夕餉は、冷奴、味噌汁(玉ねぎ・人参・小松菜・油揚げ・豆腐)、炒飯、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶。食後に歌舞伎揚、コーヒー。

妻とビデオ会話。

 

 

 

 

 

大小のこと

 

 

 

 

 

曇り。25度。

7時に起きる。

コーヒー。

NHK囲碁トーナメント。後手の山下敬吾9段、5手目を天元に置く。もっと驚いたのは、それでもAI判定がほとんど変わらなかったこと。

盤が、なぜだか、ちょっと小さく見える。

昼餉は、バナナ、リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

例年よりずっと過ごしやすい9月。こんな状況でも、週末夕方のスーパーはそれなりの人出。

大相撲の秋場所がはじまる。新しい横綱は、膝の爆弾とともに勤め上げると言葉にしている。土俵入りのときくらい痛々しいサポーターを外したらどうか。そういう声もある、とアナウンサーが言っている。

短くてもいい。無事に、と誰もが思っている。

夕餉は、冷奴、味噌汁(シメジ・玉ねぎ・人参・油揚げ・豆腐・小松菜)、チャーハン、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶、コーヒー。

妻とビデオ電話。

 

 

 

 

 

4番目かな

 

 

 

 

 

曇り、パラつく。26度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

エルキュール・ポワロの最後『カーテン』って、けっこうな悲劇だとは知らず。後出しジャンケンの女王、アガサ・クリスティならでは。

代わって、来週からまたコロンボが始まる。

なんの変哲もない縦型のメモパッドに、ちびた鉛筆を走らせる。コロンボのメモスタイルは、文房具好きの勘所を押さえている。無造作を装っている、考え抜かれた道具立て。仕事に没頭する人間らしい。

散歩の途中でコートのポケットから引っ張り出す。アインシュタインも、そういう感じかもと思わせる。

ポワロの鼻眼鏡もいい。バネで鼻を挟み込むのは19世紀スタイルっぽい。

昼餉は、バナナ、リンゴジャムのトースト、豆乳、コーヒー。

コロンボは45話目『The Conspirators』が印象深い。テーマは「諦めないこと」かと思う。それを象徴するシーンが続いて、北アイルランド問題の根の深さとそれがオーバーラップする。上手い構成だ。

夕餉は、冷奴、ウインナーソーセージ・目玉焼き、ご飯、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック、コーヒー。食後に、花林糖、小豆アイス。

妻とビデオ電話。彼女は、相変わらずの初歩的ミス。スーパーの手前まで行って、家に取って返している。手ブラで出かける時は、どうしたって忘れがちのマスク……

腹立つ派。

情けなくなる派。

意外に、どっちでもない派。

死にたくなる派。

諦めて、そのままスーパーに入っていく派。

僕は……

 

 

 

 

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その筋への挨拶

 

 

 

 

 

曇り、ときどき日差し。28度。

6時に起きる。

ほうじ茶、コーヒー。

姉から手紙。父の納骨や法事のこと。

本を求める。藤沢周平著『花のあと』(文春文庫)。彼の本を全部売り払って、また買っている。そんな行ったり来たりも、真っ当な金の使い方と言えるだろうか。

昼餉は、バナナ、バターとリンゴジャムを塗ったトースト、豆乳、コーヒー。

ジョギング、8.72キロメートル。

街のあちらこちらで、香りに出くわす。今日は、長雨と肌寒さからの揺り戻し。花は見えないけれど、今年は、ほんの少し気が急いたか、金木犀。

自民党総裁に出馬する記者会見で、河野太郎議員が、この国のいちばんの礎になっているのは皇室と日本語だと。

この人、いざとなれば、そういう言い方をする。待ち望んでいる人々に届け、と思っている。矛を収めたように見えて、暗号めいたメッセージをピンポイントで送る。

そういうことができる、底知れぬところがある。

黙々と働いた朴訥な語りの首相が、早くも懐かしい。

夕餉は、冷奴、チャーハン、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック、コーヒー。

妻とビデオ会話。2時間。

 

 

 

 

 

 

自明など何ひとつない

 

 

 

 

 

雨、のち曇り。21度。

7時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

長雨がたたって、野菜の値段が乱高下している。

自民党の総裁選を報じるその分析とやらで、メディアがいかに蚊帳の外に置かれているかわかる。他方で、どれも横一線の報じ方なので、僕らも見くびられたものだと思う。

メディアは、どちらからも信頼されていない。

この国の判断力は、お笑いタレントが司会をするワイドショーのレベルに落ちていく。

昼餉は、バナナ、ずんだ餅、リンゴジャムを塗った食パン、豆乳、コーヒー。

野党の出来の悪い新人議員のような物言いをする論説委員の話を聞いていると、真っ当な報道はついぞ育たなかったのだと思い知らされる。

取材も調査も、大掛かりでなくていいのだ。若手議員と一括りにするとき、その年齢構成はどういう分布なのか。派閥を横断した当選回数の分布はどうなっているのか。ハト派かタカ派か、派閥との相関と照らしてどうなっているのか。それくらいでいい。それを調査とは言わないし、分析とも違うけれど、それさえやっていないのだから仕方ない。

全国に分布する自民党員の年齢構成くらい、すぐに手に入れられるだろうに。もし入手できないとしたら、県ごとに調査して実態を報じてほしい。30秒で終わる報道かもしれないが、すべては積み重ねだろうに。

夕餉は、ソーセージと玉ねぎ・レタス・ナス・パプリカのオイスターソース炒め、味噌汁(人参・玉ねぎ・油揚げ・豆腐・ネギ)、ご飯、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック、コーヒー。

 

 

 

 

 

 

革命もどきと宗教

 

 

 

 

 

 

晴れ、のち曇り。パラつく。24度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

映画は豊島圭介監督『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』。

TBSが収蔵していた討論会のビデオを中心にして、参加者や視聴した作家たちへのインタビューを織り込んでいる。討論会の全貌はわからずじまい。インタビューも中途半端だが、それこそ当時の縮図かもしれない。

安保闘争からの革命熱が学生や社会に何を遺したのか。当時の社会が孕んでいた熱は、太平洋戦争へと突っ込んでいった時の国民の熱とどこかで通じている。

三島由紀夫と東大全共闘の討論会は、何かを語りあったというだけに終始している。その何かは、何かとしか言いようのない、今となっては陳腐な言葉の羅列で終わる。哲学的でありたいと願っても、それが討論の神に聞き届けられた形跡はない。それは、大人対子供という縮図でもある。どちらが大人で子供だったかというより、連綿と続く過去と今ということかもしれない。

一方で、この映画の三島由紀夫を見るという行為は、作家の死がすべての自死のイコンとして刻まれていることを確認することなのかもしれない。割腹したその死は、宙にぽっかり浮かんだままであり続けている。

当時からすれば、さも成熟したかのような今の社会は、年齢構成がそうなって見えるということも相俟って、腐敗臭だけが鼻につく。

昼餉は、バナナ、レーズン・バゲット、ずんだ餅、豆乳、コーヒー。

この国の栄華は、国体を揺るがす変革やら大戦を挟んで、それでも300年以上続いた。国民が半分になっていくのは、文字どおりの終焉なのだと思う。

夕餉は、冷奴、ハヤシカレーの残り、ウイスキーオンザロック、コーヒー。

映画は、トム・マッカーシー監督『スポットライト 世紀のスクープ(原題:Spotlight)』。

米紙The Boston Globeのスクープ記事がベースになっている。カトリック神父による児童への性的虐待という問題は、この記事によって世界的な広がりを見せた。事実を隠し続けてきたバチカンが、その実態を認めるまでになったのは記憶に新しい。

この問題を取り上げる発端となった新任の編集局長の人となりが描ききれていないのが残念だ。

地味で動きのない映画がアカデミー賞作品賞を取ったのは、この問題に対するアメリカ人の衝撃の深さを物語っているとともに、忘れられがちな調査報道と衰退の一途をたどる新聞への共感が基底にある。

神父の6パーセントが小児性愛者だとしたら、それは社会の縮図と言っていい。よもや宗教界だけは例外という、淡い期待はどこにもないどころか、その割合は社会のそれより少し高いくらいだ。

 

 

 

 

 

 

残滓のような……

 

 

 

 

 

曇り。22度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

妻は、東海道線に乗って米原へ。送られてきた写真には夜の京都タワーが写っている。青春18切符がもったいないとかで、足を伸ばしたらしい。なんともはや。

株価が連日の高値をつけている。次の首相となる人が絞られてきた。

誰がなるにせよ、今の首相より働いて、実績が数字として残る人はそうそういない。

もっとも、若返るという点は間違いなさそうで。

昼餉は、リンゴジャムを塗ったバゲット、焼きそば、豆乳、ほうじ茶。

妻の座っていたダイニングの空間に残影。

ちょっと離れて暮らして、ちょっと人恋しいくらいのほうが、よほど身近に感じられる。ずっとそんなでは先が思いやられるけれど。

僕ら夫婦は、いつも一緒だったわけではない。今も、そうかもしれないと思いつつ、彼女の座っていた椅子のあたりの手持ち無沙汰のような空気を見ている。

夕餉は、冷奴、ハヤシライス、ウイスキーオンザロック、冷たいほうじ茶。

オシロイバナの花が咲いている。

 

 

 

 

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知らない世界

 

 

 

 

 

曇り、ときどきパラつく。21度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

寒気が流れ込んでいる。日差しが恋しい。

長袖のシャツを羽織って、麻のショートパンツよりスウェットパンツ——そういう日が増えていく。

犬とか猫の臭覚とか聴覚がヒトの何万倍も敏感だという事実を思い返すたび、彼らの棲む世界が僕らとまったく違うのだと戒める。髭の鋭敏さもぜんぜん違うのだろう。

コロナに感染していることを嗅ぎつけるという世界は、どんなことになっているのだろう。その鮮やかさを覗いてみたい。彼らが見ている僕らは、僕らが見ている彼らとどれくらい別物なのだろう。

彼らが嗅ぎつけている僕らの正邪は、己のことをわかっていると思い込んでいる僕らの正体とはずいぶん異なっているにちがいない。

昼餉は、卵焼き・ウインナーソーセージ・レタス・マヨネーズを挟んだバゲット、豆乳、ほうじ茶。

どれくらい利己的なのか、それが臭いからわかる。どれくらい慮っているのか、それが声からわかる。リーダーとしてどれくらい腹が据わっているか、はっきりと嗅ぎ分けている。

それらのことに無頓着な僕らは、彼らにとってひどく滑稽に映っていることだろう。

なんだかとても忌まわしいのに、平気でいられるなんて、と呆れていることだろう。彼らとともに暮らすことは、捉えきれていない世界の存在があることへの戒めなのだと思う。

彼らには、僕らを癒す力がある。それは実際の力であるにちがいない。彼らがそなえている言葉のようなもの。僕らがまったく感知できない、でも厳然として存在している力。

殺処分される犬たちは、そのことをはっきりと捉えている。僕らがそう決めて彼らと対峙した瞬間から、犬たちはその決めたことをなんらかのカタチで正確に受け取っている。どういう力によってかはわからないけれど。

僕らがわかっている世界の、その矮小さを思う。

わかったつもりになっていることの恐ろしさを思う。

想定内とか言っている、その傲慢さを思う。

夕餉は、冷奴、切り干し大根、妻の作った夏野菜と豚バラ肉のハヤシライス、冷たいほうじ茶。

 

 

 

 

 

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’90年代の忘れ物

 

 

 

 

 

 

曇り、のち雨。23度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

ボディブレードを振る。

寝違いたときや肩こりにすぐ効くのは、これだけだ。3分も振っていると一発である。本来は筋トレツールのはずなのに、僕はずっと同じ使い方できた。そういえば、ランディ・ジョンソンは元気でいるだろうか……

30年以上前のテレビショッピングで、200勝投手が上腕二頭筋や背筋、手首なんかを鍛えるビデオが流れていた。

「シーズンオフのトレーニングにはこいつが欠かせない。俺の投球を支えているのは、ボディブレードだよ」

——そんなことを語って、ランディ・ジョンソンは巧みにボディブレードを振っていた。筋肉がピクピク動くさまに、僕はすっかり見惚れてしまった。

テレビショッピングで健康器具を買ったのは後にも先にもボディブレードだけだが、気づくと、僕のボディブレードは整体師の代わりに成り果てていた。いやいや正確を期せば、整体に資するのは上等な使い方と思いたい。

クレヨンしんちゃんのパパが戦国武士と戦う武具として振り回している勇姿を映画で見た時は、恐れ入った。パパの高速振りは、よほどの練達者か紛い物のエアロバーでしかできない。僕は前者だと思いたかったが、二児のパパにして家ローンでがんじがらめのサラリーマンという状況から、失礼なことだが後者であろうと推察した。軟弱なエアロバーなら高速振りもお手のものであろう。

そんなことは、どうでもいい……真面目に取り組もうと思う。

昼餉は、ヨーグルトとバナナのジュース、チーズ・トマト・レタス・マヨネーズを挟んだバゲット、バウムクーヘン、コーヒー。

テレビショッピングで求めた物はあと1つある。1995年の大リーグ、ナショナルリーグ西地区でドジャーズが優勝したのを記念して作られたバットだ。一軍登録の選手と監督、コーチのサインが刻印されている。記念の年ということで1995本が作られている。

この年、新人王に輝いた野茂英雄のサインもそこに刻まれているのは、言うに及ばずである。

夕餉は、切り干し大根煮、冷奴、納豆、コロッケ、味噌汁(玉葱・人参・シメジ・油揚げ・豆腐・ネギ)、ご飯、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック、バウムクーヘン。

パラリンピックが終わった。

 

 

 

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姿勢に出ること

 

 

 

 

 

 

雨。21度。

6時に起きる。

冷たいほうじ茶、コーヒー。

昨日の自民党総裁の辞意表明に、株式市場は大きく値を上げた。

総裁選には出馬しないと首相が語った。首相を降りるということを、こんな遠回しに表明した人はいない。

官房長官時代のこの政治家とちゃんと対峙したメディアは数えるほどだった。誰もが捉えきれずにいる間に、彼は辞めていく。ネットのあやふやの情報が、実態を見えなくしていく。怖い時代になってしまったと思う。

昼餉は、バームクーヘン、バナナ、チーズ・レタス・トマト・マヨネーズを挟んだバゲット、豆乳、コーヒー。

敗者を慮る日本のアスリートが少ないのは、なぜだろう。意外にも、海外のアスリートはここぞという場面で負けた側に温かい態度や言葉を示す。常日頃から、身についていることが伝わってくる。

JOCの今の会長が、金メダルを取った時の態度や言葉からずっと、そんな違和感が続いている。

それは高校野球を見ていても思う。いちばん大事なことを教わらずに育っていることが恐ろしい。

夕餉は、コロッケ、アジフライ、味噌汁(玉葱・人参・豆腐・油揚げ・ネギ)、ご飯、冷たいほうじ茶、ウイスキーオンザロック。食後にバウムクーヘン。

車椅子テニス男子の金メダリストは、新しいスタイルを持ち込んで勝った。血の滲むような練習をしたことと思う。試合が終わり、彼が喜びを爆発させたとき、オランダの選手は肩を落として椅子に蹲っていた。

オランダ選手に歩み寄り、その頑張りを讃えられるのは、あの場所でたった一人だったと思う。それが残念でならない。