盲人の提灯

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。7度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・大豆・カニカマ・バジルのサラダ、味噌汁(玉葱・人参・大根・キャベツ・油揚げ・豆腐)、ハムと玉葱のピザトースト、アールグレイ。食後にチャイティー。

新名神で丸一日の渋滞、滋賀のJRでは立ち往生した電車で夕方から真夜中近くの立ちっぱなし。雪の被害は毎年のこととなりつつある。

レヴィ=ストロース著『月の裏側』より抜粋――

 

けれども、一切の二項対立を超えて、美と醜の対立がもはや意味をもたなくなるような状態に達することなのである。それは仏教で「如是」と呼ばれている。どんな区別よりも先にあって、是の如くにあるという事実による以外、定義できないものなのである。

 この陶器の哲学を、当時陶芸や陶器の装飾を行っていた仙厓を語る上で引き合いに出しても、不当ではないだろう。なぜなら、彼は同様に画家としても、醜さを消し去ることで美に到達しようとは考えなかったからだ。「洗練と粗野を区分けしてはならない」と、六世紀に中国の禅宗の長老は言っている。「選択する必要はないのだから」。どんな制約にも規則にもこだわらず、無造作と優雅が混じり合う、この心のままの書画のうちに、戯画に似た何かを感じとるのは誤りであろう。戯画は現実を意図的に誇張し変形するが、仙厓の作品のような芸術は、現実と一つの行為との予期せぬ出逢いの結果なのだから。作品は、モデルを模倣しない。作品は、二つのはかない現象、すなわち一つの形、一つの表現あるいは一つの態度、そして筆に与えられた勢いとの融合であると言ったほうがよいかもしれない。禅画は独特のやり方で、仏教思想の精髄を表現している。それは存在と物に一切の永続性を認めず、存在と非存在、生と死、空虚と充実、自己と他者、美と醜の区別が消える境地に悟りによって到達しようとするものだ。そして同じ原理の名のもとに、この状態に到達するにはあらゆる方法が有効であり、禅は、世を超越する瞑想、地口、愚弄のあいだに、まったく価値の上下を認めていない。

 

昼餉は、生クリームパン、ジンジャー・ターメリックティー。

古書が届く。出光美術館編・著『仙厓 BEST100 ARTBOX』(講談社)。

 

抜粋の続き――

 

 それゆえ、宗教画家にとって滑稽な物事は、少しも意外な物ではない。禅文学には、禅画が喚起するのと同じような、滑稽な小話がたくさんある。ある盲人が提灯で夜の闇を照らしながら歩いているのを、人がいぶかしく思う。「人が私にぶつからないためだ」と、盲人は説明する。にもかかわらず、彼は人にぶつかる。提灯が消えていたと教えられて、盲人は灯し直す。またぶつかって、盲人は相手をなじる。「でも、私は目が見えないのだよ」と、相手は答える。

 この小話が歓喜する笑いは、二つの意味場が短絡することから生じている。盲目であることが、言葉としての意味から、機能としての意味に突然変わるのだ。そこから知的にゆさぶりが生まれ、聴く者を悟りの道へ向かわせる。経験的なもののありようは我々を矛盾の内に閉じ込め、用心を重ねればその矛盾から逃れられると信じても無駄であることを理解させるのである。

 

夕餉は、佃煮、餃子、味噌汁(大根・玉葱・人参・ネギ・キャベツ・油揚げ・豆腐)、玄米ご飯(妻はツナカレーの残り)、赤ワイン。食後に落花生、クッキー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草木の精

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。2度。全国をおおう強い寒波。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・大豆・竹輪のサラダ、鶏ひき肉を混ぜたオムレツ、味噌汁(大根・玉葱・ネギ・人参・キャベツ・油揚げ・豆腐)、バタートースト、ルイボスティー。

妻はクワイアの稽古へ。夜遅くに戻る。

古書が届く。小林秀雄著『本居宣長(上)』(新潮社)。堀江敏幸・文、ポール・ヴァーゼン作『ポール・ヴァーゼンの植物標本』(リトルモア)。

同書のあとがきより――

 

 2017年、夏の終わり。古道具屋の僕は、いつものように古いものを求めて異国を旅していた。プラタナスの葉が秋色に染まり始め、町はヴァカンスの余韻を残しつつも、カフェ・テラスでは地元の人々が穏やかに席を取り戻していた。ものを探すには気持ちの良い季節だ。

 訪れた南フランスの蚤の市。早朝から散々歩き回り、よく知る骨董商の出店場所に立ち寄ったのはすでに昼前。良い仕事ができた商人たちはワインの栓を抜き始めていた。

 今日はいいものが見つかったかい? とお決まりの挨拶も早々に、品物もまばらになった机の片隅で寂しげに佇む紙箱に目が留まった。僕はその姿にどこか惹かれ手を伸ばして箱を開けた。すると「Melle Paul Vaesen」という可憐な飾り文字と美しい押し花が目に飛び込んできた。この飾り文字にはどんな意味があるのだろう?

「Melleはマドモアゼル、つまりお嬢ちゃんが作った植物標本だ、名前はポール・ヴァーゼン」

 表紙のようなその台紙をそっと捲ると、更に100枚ほどの美しい草花の標本が丁寧に収められていた。

 

昼餉は、クリーム餡パン、チャイティー。

 

 蚤の市で古い植物標本を目にすることは今まで幾度もあった。それらは紙に挟まれ束になっており、大半は研究・教育機関等の流出品で、台紙に植物を無機質に貼り付けただけの理科的な趣が強く、有意義な資料であったとしても、僕自身心惹かれることは少なかった。そうした標本とポール・ヴァーゼンの標本は明らかに気配が違っていた。

 僕はその場で、標本を一枚一枚我を忘れて見つめた。それらは小さな紙に絵を描くように丁寧に草花がプレスされていた。店主はおそらく19世紀のものだろうと話してくれたが、使われていた台紙の質からおそらく20世紀初頭のものだと僕は直感した。想像の域を出ないが、それでも100年ほどの経年に対し驚くほど良い保存状態で、最後の一枚まで野に揺られていた頃の色合いを淡くたたえながら、美しくその姿をとどめていた。見れば見るほど繊細な手仕事に魅了され、気づけば僕は草花たちが自分の店の空間に並ぶ光景を想い描いていた。迷わず箱ごと譲ってもらい、帰国したら必ず展覧会をしようとその場で心に決めた。

 日本に帰ってから、手元の草花を眺めながらポール・ヴァーゼンがどういう人物だったのか思いを馳せていた。標本に筆記体で記された植物の学名と採取された場所から、僕は花の名を知り彼女の軌跡を辿った。そうしながら静かな手仕事に黙々と夢中になる彼女の姿を想像した。それは、一人の女性の眼差しを知る素敵な体験だった。

 こうして同年の秋には展覧会というかたちで彼女の作品を多くの方に見ていただくことができ、この会をきっかけに、本書が作られることになった。ポール・ヴァーゼンの発見者として、大きな喜びを感じている。

                                                                                               アトラス 飯村玄太

 

夕餉は、鶏胸肉の唐揚げ、サバカレーの残り、赤ワイン。食後にジンジャーティー、きな粉でくるんだクルミ。

精細画の植物図鑑が好きである。となれば牧野富太郎先生の原色植物大図鑑が最初に浮かぶ。絵の素晴らしさは、この国の印刷技術の見本でもある。もちろんだが、原画はもっとすごい。見ているだけで豊かな時間が紡がれる不思議な力がみなぎっている。

精緻をきわめた植物図鑑を蔵する国は、それだけで幸いだ。心からそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

売ることは見ること

 

 

 

 

 

 

 

曇り、のち晴れ。10度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・ひよこ豆・竹輪のサラダ、味噌汁(小松菜・大根・人参・玉葱・油揚げ・豆腐)、卵サンドイッチ、ルイボスティー。

妻は友人の新年茶席へ。隣駅のさらに先の住宅街まで1時間かけて歩く。夕方に戻る。

内田洋子著『モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語』より――

 

 ミラノの老舗出版社ボンピアーニの創設者ヴァレンティーノ・ボンピアーニは機会あるごとに、

「モンテレッジョの行商人から本を買うということは、独立への第一歩を踏み出すということでした」

 と、言っていた。イタリアの独立運動のことだけを指したのではなく、一人前の大人として自我に目覚める、という意味合いも含めていた言ったに違いない。

 青空の下で自由に選んだ一冊をめくってみると、ページの間から渋い匂いが微かに薫流。新刊の甘酸っぱいインクの香りは初々しい。本屋は、露天の端で静かに控えている。客が知りたそうにすると、〈はい、なんでしょう?〉と、目で伺いを立てる。

 本を選ぶのは、旅への切符を手にするようなものだ。行商人は駅員であり、弁当売りであり、赤帽であり、運転士でもある。

 ボンビアーニは、さまざまな行き先への切符を作る人だった。出版人にとって、モンテレッジョの村人たちは頼りにできる仲間だったのだろう。

 同時期にイタリアでは出版社が続々と誕生している。出版人たちはどのように感じていたのだろうか。

 ミラノのリッツォーリ出版社の創設者アンジェロ・リッツォーリは、まず行商人たちにゲラを読んでもらってから本に刷るかどうかを決めていたという。

「売れる本を見抜く力は、驚異的でしたからね。何よりの指標でした」

 毎朝、ミラノの広場に立つ本の露店を自ら訪ねて自社の新刊を数冊ずつ託し、夜に再び立ち寄り売れ行き状況を調べていたのは、モンダドーリ社の創設者アルノルド・モンダドーリだった。

 露店の立つ市場や回廊へ行商人たちを訪ねるだけではなかった。行商を終え皆が帰郷する冬になると、ミラノやトリノ、ボローニャ、フィレンツェからモンテレッジョに時の出版人たちが次々と訪れ、食卓を囲んだりダンスを踊ったりした。村を挙げて歓待し、その場で翌年の商談をまとめたり、イタリア各地の客たちの反応を聞き新刊の企画の参考にしたりしたのである。

 

昼餉は、歌舞伎揚げ、落花生。

 

 本を手に取っただけで、「これはあまり売れないでしょう」「すばらしい本です」「ヒット間違いなし」と、読まずに次々と言い当ててみせる行商人もいた。まるで本の行く末占いで、どうしたら売れるのか、秘訣を請いに出版人たちが引きも切らずに詰めかけた。

「売れる本というのは、ページに触れる時の指先の感触や文字組み、インクの色、表紙の装丁の趣味といった要素が安定しているものです。〈あの出版社の本なら〉と、ひと目でお客に品格をわかってもらうことが肝心ではないでしょうか」

 いの一番に、紙と余白の大切さを挙げた。

 本を見抜く眼力は、学校などで勉強して習得したのではない。親から子へ、子から孫へと本を運び続けて、自然と身に付いた技だった。

「残念ながら、すべての本を仕入れることはできません。本屋は、売る本を選ばなければならない。選んでいると、しみじみ幸福な気持ちになります。そして、選んだからには真剣に売ろう、と背筋が伸びます」

 五十年前の聞き取り調査に行商人の一人が答えている。

 

夕餉は、佃煮、白菜・鳥肉団子・ネギ・糸こんにゃく・人参の豆乳鍋、玄米ご飯、赤ワイン。食後に焙じ茶、きんつば。

 

 

 

 

 

 

 

本を行商するということ

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り。5度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、大根とキャベツのサラダ、ハムと目玉焼き、味噌汁(キャベツ・大根・玉葱・人参・油揚げ・豆腐・ネギ)、バタートースト、ルイボスティー。

内田洋子著『モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語』より――

 

 村勢調査によれば、一八五八年時のモンテレッジォの人口八百五十人のうち七十一人が、〈職業は本売り〉と記載されている。

 どのような旅だったのだろう。

 五十年ほど前に村人たちからの聞き取りで、一八○○年代後半から千九○○年代前半にかけての行商の様子が記録に残されている。

〈春が訪れると、本の行商人たちは同じ日に全員が揃って村を発ちました。海側のラ・スペツィアから北イタリアの平野部ピアチェンツァを抜けて、ミラノ、ヴェローナへと続く峠道の決まった地点に、本の行商人たちが集結するのです。

 一九二○年五月十四日。私は、やっと六歳。行商人たちを見送ろうと、他の子供たちと広場の隅に座っていました。父を含む大勢の村の男たちは、露天を広げる場所がかち合わないように、各自の行き先を念入りに振り分けました。売れ行きの良い本の題名を教え合い、それぞれ仕入れに行く出版社名を確かめていました。

 私は、その光景に見とれていました。かっこうよかった。頑丈な靴で足元を固め、地味な色の服を着て質素で、全員が本の包みを自分の脇にしっかりと引き寄せて置いていました。持ち物はそれだけでした。本が父たちの宝物だったのです。

 各自の商い場所が決まると、男たちは荷物を担ぎ、握手を交わし、ちょっと冗談を言い合ってから、「じゃあ」と、手を上げてそれぞれの目的地へ向かって黙々と歩き始めたのでした〉

 峠道で別れた後、本の行商人たちはどこへ向かったのか。大半が、中央から北イタリアの町を目指したという。

〈行商人たちは、ラクイラから南へは行きませんでした。最初のうちはどんどん南下してローマまで行ったのですが、読み書きできる人が全然いなかった。本は全く売れませんでした。ちなみに当時、一番売れた町は、ボローニャでした〉

 

 この頃の本の行商人たちは、各地の青空市場で商売をしていた。成果や鮮魚、パンにチーズ、精肉、鍋や箒と並んで、台に本を積んで売ったのである。青空市場は毎週一度、町の決まった場所に開かれるものと、夏祭りなどの年中行事に付随して立つ大がかりなものがあった。

〈私は十一歳でした。母について、遠くの知らない町まで本を売りに行きました。両親はミラノで露天を出していたのですが、あまり売れなかったからです。

 台も持たずに市場にやってきた私たちを見て、隣で店を広げていた人が吊るしていた売り物の絵を一枚外して、「台代わりに使いなさい」と、差し出してくれた。私が最初に本を売ったのは、絵の上の一メートル四方の店でした。

 週中は両親がミラノで、土曜日曜は私も両親といっしょにその町まで出かけて行って売りました。何年かしてうちの台は二十メートルまでになり、店員も五人に増えました。一日に十七箱を売り尽くしたこともあったのですよ。

 

昼餉は、きな粉の焼き餅、コーヒー、煎餅。

 

 毎朝四時に台に本を並べました。昔は、営業時間など決まっていませんでしたから、早くに台の前を農家の人たちが通ります。泥の付いた靴で立ち止まると、「『ピノッキオ』を一冊頼みます。一番きれいなのをお願いしますよ」と、買ってくれたからでした。

『白雪姫』『シンデレラ』『赤ずきんちゃん』『長靴を履いた猫』など、子供向けの本はよく売れましたね。とりわけクリスマス前は盛況でした」

 朝早くから夜遅くまで、雪でも猛暑でも、本を待つ人がいるのなら厭わず露天を開けた。日曜も祭日もなしに働いた。行商人たちはいつでも本を山と積み上げた台の側に立ち、客が来れば丁寧に相手をした。客の質問や感想はひと言も漏らすまい、と熱心に聞いた。一生懸命、客たちの目と手と本の動きを追った。

 店舗を持たないので、かかるコストは自分たちの食費だけである。行商人たちは露天を畳むと大切な本を箱に詰め、傷まないように盗まれないように抱えて野宿したので、宿泊費もかからないのだった。そして費用の浮いた分、本の値段を下げたのである。

「休まず働くなんて、神の教えに反している」

「あんな破格で売られては、こちらの商売が上がったりだ」

「本を売るのは、もっと教養のある人たちの仕事なのに」

 多くの一般書店は、村の行商人たちを敵視した。

 一方、出版社は規模や有名無名にかかわらず、モンテレッジョの行商人たちを大変に重宝した。既成の書店からはけっして知ることができなかった新興読者たちの関心や意見を、行商人たちのおかげで詳細に把握できたからである。大きな町ならまだなんとか市場の動向も読めたものの、いざ地方の小都市ともなると販売網の外である。行商人たちは、自らの足で回って漏らさず拾い上げて伝えた。道なき道を行くのは、村人たちにとって日常茶飯事だった。

 

Netflixで是枝裕和監督の『舞妓さんちのまかないさん』を妻と観終わった。原作の良さが伝わる良作。

夕餉は、鳥肉団子・白菜・ネギ・人参・焼き豆腐・糸こんにゃくの豆乳鍋、赤ワイン。食後に焙じ茶、歌舞伎揚げ。

 

 

 

 

 

 

 

 

意思をたぐって

 

 

 

 

 

 

 

おおむね晴れ。8度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜をかけたヨーグルト、キャベツ・大根・ひよこ豆・梅肉のサラダ、ハムと目玉焼き、味噌汁(大根・玉葱・人参・ネギ・キャベツ・油揚げ・豆腐)、リンゴジャムのトースト、ルイボスティー。

NHKの将棋と囲碁トーナメント。

冬のあいだ、すべきことを集めておいて、暖かい風が吹きわたったら手をつけられるようにしておく。冬もほかの季節に劣らず動き回ることになるのに、僕と妻はぼんやり過ごしている。

樹々の蕾を見ていると、準備おこたりないことがどんなことかわかる。

昼餉は、妻の焼いたパンケーキ、オレンジティー。

樹々に備わっている意思は僕らと同じもの。それが違うと思っているのは、僕らの意識のほう。

樹々のようになりたいものだと思う。

妻の作った夕餉は、納豆、キャベツの千切りを添えたコロッケ、コーンスープ、サバカレー、赤ワイン。食後に焙じ茶、落花生。

 

 

 

 

 

 

 

まかないさん

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。8度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・ひよこ豆のサラダ、味噌汁(玉葱・人参・大根・大根の葉・白菜・油揚げ・豆腐)、ハムと卵焼きのトーストサンドイッチ、ルイボスティー。食後にシナモンを入れたミルク焙じ茶。

Netflixで配信している是枝裕和監督の連続ドラマ『舞妓さんちのまかないさん』がとてもいい。もともとは小山愛子が少年サンデーに連載している同名漫画。寡聞にして知らず。

16歳で青森から京都の祇園へ舞妓を目指して来た二人の少女の物語。

妻と見始めて、とてもいいドラマなのでもったいないととりあえず4話まで見る。

昼餉は、玉葱とハムをのせたピザトースト。

人の機微をその外側だけを克明に描くことでぜんぶ語らせる。脚本がいいのだが、それは原作の素性の良さの証しかと思う。

夕餉は、漬物、納豆、味噌汁(大根・キャベツ・玉葱・人参・油揚げ・豆腐)、親子丼、赤ワイン。食後にルイボスティー、落花生。

食後に、妻が『舞妓さんちのまかないさん』の続きを見たいと。とりあえず5回目を。

 

 

 

 

 

 

 

ChatGPT

 

 

 

 

 

 

晴れ。12度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、味噌汁仕立ての雑煮(蒲鉾・玉葱・人参・小松菜・ネギ・油揚げ・豆腐)、ルイボスティー、よもぎの小豆餡餅。食後にコーヒー。

妻は友人との茶会へ。夜に戻る。

串田孫一著『Eの糸切れたり』より――

 

 随筆「蓄音機」には興味深いことが多く書かれている。その終わりに近く、蓄音機が完成されて来るとどういう利用が考えられるようになるかが述べられている。既に音楽や演説の保存や外国語の発音の教授には用いられているが、学校の講義がこれで済ませるのではないか。「教師がふところ手をしていて、毎学年全く同じ事を陳述するだけ」なら蓄音機で代用出来ないだろうか。黒板を使う講義は活動写真と蓄音機とを連結させれば、教師は自宅で寝ていてもよし、研究室で勉強していてもいい。

 然し寺田寅彦は、教育の根本を考えるとそれを肯定する訳には行かないと言う。「その場限りの知識の商品切手のようなものになる」と言っている。ラジオやテレヴィジョンでの講義が放送大学として行われているのを知ったら、それについてどういう意見を述べただろうか。

 寧ろ彼が好ましいと思っていたのは「自然の音」のレコードである。私はSP時代に、外国の田園の、朝の情景と、教会の鐘の音や小鳥の声だけを入れているレコードを持っていた。それはテープに録音して編集出来るようになる以前のものであったから、沈黙の長い時間が途中にあり、臨場感があった。彼は恐らくこういうものを考えていたに違いない。

 「為政家が一国の政治を考究する時、社会経済学者がその学説を組み立てる時、教育者がその教案を作成する時、忘れずに少時このレコードの音に耳を傾けてもらいたい。……少なくともそれによって今の世の中がもう少し美しい平和なものになりはしまいか。」

 

百年近い昔に逝去した物理学者のエッセーをまとめていた串田孫一のエッセーもかれこれ40年くらい昔のもの。

録音技術は寺田や串田の考える使われ方を包含して発展した。だが音を量子化することでライブラリー文化が音楽の様相を変えることになるまでは想像できなかっただろう。それは無理もない。

夕餉は、きつねうどん、シャケと明太子のおにぎり、赤ワイン。食後にルイボスティー、落花生、チョコレート。

デジタル化された文化は、それを下支えした産業構造という文明まですっかり変えてしまった。街から小さな本屋やレコード屋が消えるということは、文化の諸相としてとらえられると同時に、そこに注力されていた産業が業態を変えざるを得なくなったことを意味している。

量子化が迫ったのは、たとえばラジオでニュースを読むアナウンサーの半分以上がすでにAIになっているといった不意打ちに近い。それは少しずつ入り込んでくると予想されていたことだったのに、ある日、それよりはるかに早くやってきて蹂躙して行きつつある。有無を言わさない変容として日常を変えていく。

寺田や串田の想像する仮定はどこか可愛らしい。進展の速度に人々の夢想を受け入れるような緩やかさが漂っている。

実際には、そんな緩やかさはなかった。

まさに蹂躙と言っていいような薙ぎ倒されかたが進んでいる。

蹂躙されているのだという確固たる意識を持たなければもはや立ち向かえない相手がいることにまだ気づかいフリの中で僕らは暮らしている。そういう意識で見渡さなければ、何を護らなければいけないのかわからなくなる。量子化はそういうやり口を隠し持っていることをはっきり意識したほうがいい。

Googleのお偉いさんが「レッドアラートが灯った」と警告とともに社員にメールを投げた。それくらい、新しい競争相手は強力である。Googleが登場したときのYahoo!の気持ちを今、とうのGoogleが味わっている。Yahoo!が抱いたのよりはるかに大きなインパクトをGoogleはChatGPTに感じているだろう。ChatGPTというAIサーチシステムは、もはやGoogleが古臭いと僕らが感じる知性を有している。OpenAIが開発したのは、そんな化け物だと思う。僕らはChatGPTに出会って、「なんだ、欲しかったのはこんなのだよ」と思うだろう(少なくとも僕はそう感じた)。

メインのプレーヤーさえ蹂躙されていく。僕らが開けたのは、安息なき日々へと続く扉なのだと断言しても今さらだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

知見と熱情のみなもと

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。9度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、味噌味の雑煮(玉葱・人参・ネギ・小松菜・油揚げ・豆腐・キャベツ)、ルイボスティー。

レヴィ=ストロース『月の裏側』より――

 

 西洋の哲学者たちは、東洋の思想と彼らの思想との間に、二つの主要な差異があると考えています。彼らの目には、東洋の思想は二つの拒否によって特徴づけられます。まず、主体の拒否。ヒンドゥー教、道教、仏教とさまざまな形をとってはいますが、西洋にとって第一の明証である「私」が、幻想であることを示そうとします。これらの教義にとっては、各々の存在は生物的で心理的な現象のかりそめの寄せ集めにすぎず、一つの「自己」という持続的要素は持っていません。虚しい見せかけでしかなく、いずれは必ずばらばらになってしまうのです。

 第二の拒否は、言説の拒否です。ギリシャ人以来、西洋は、言葉を理性のために用いれば、人は世界を理解できると信じてきました。しっかりと構成された言説は現実と一致し、事物の秩序に到達し、それを忠実に表現できると考えたのです。反対に、東洋的な考え方では、どんな言葉も現実とは一致しないのです。世界の、最終的な本質――こんな言い方に意味があるとすればですが――は、我々には捉えることができません。それは、我々の思考と表現の能力を超越したものです。それについて何も知ることができないのですから、何も言うことができません。

 この二つの拒否に対して、日本はまったく独自のやり方で反応しました。主体に対して、日本は確かに、西洋に比べれば大きな重要性は与えていません。日本人はあらゆる哲学的省察、つまり思考による世界の再構築という企てに不可欠な出発点が、主体であるとは考えないのです。デカルトの「われ思うゆえにわれあり」は、厳密には日本語に翻訳不可能であるとさえ言えます。

 けれども日本人の思考は、この主体を消滅させてしまったようにも思えません。主体は原因ではなく一つの結果にするのです。主体に関して西洋哲学は遠心的です。すべてが、そこから発します。日本的思考が主体を思い描くやり方は、むしろ求心的であるように思われます。日本語の統辞法が、一般的なものから特殊なものへ限定することによって文章を構成するのと同じく、日本人の思考は、主体を最後に置きます。これは、よりせまい社会的、職業的グループが互いにぴったりとはまりこんでいる結果生じるのです。このようにして、主体は一つの実体となります。つまり、自らの帰属を映し出す、最終的な場となるのです。

 主体を外側から構築するやり方は、人称代名詞を避ける傾向のある言語にも、社会構造にも、見られます。社会構造では「自我意識」――日本語にはjigaishiというのだと思いますが――が、どんな些細なことであれ、一人一人が集団的な仕事に参加しているという感情によって、またその感情のなかで表現されます。中国生まれの汎用鋸やさまざまな型の鉋にしても、六、七世紀前に日本に取り入れられると、使い方が逆になりました。職人は、道具を前に向かって押すかわりに自分の方へ引くのです。物質に働きかける行為の出発点ではなく到達点に身を置きますが、これは家族、職業集団、地理的環境、そしてさらに広げれば国や社会における地位によって外側から自分を規定する根強い傾向を示します。日本は手袋を裏返すように主体の拒否をひっくり返したのです。そして、この否定から肯定的な結果を引き出し、そこに社会構造の力学的原理を見出しました。この原理は三つのものから日本の社会構造を守りました。すなわち「東洋の宗教による形而上学の放棄」「儒教が引き起こす社会の停滞」「自己の優位によって西洋社会が晒されている原子論」。

 第二の拒否に対する日本の答えは、これとは違った種類のものです。日本は思考体系の完全な転換を果たしています。西洋が他の思考体系に対抗するものとして提示したものから、日本は自分に合うものを取り、残りを遠ざけたのです。ギリシャ人が了解していた意味での「ロゴス」、つまり理にかなった真実と世界との一致を、十把一からげに拒否することなどはせず、日本ははっきりと、科学的認識の側に立ち、今やその最前線にあるのです。けれども、二十世紀の前半に日本をとらえた思想上の混乱のために、多大な犠牲を払ったのち、日本は自己を取り戻し、体系的精神によって西洋世界が時折おちいってしまう「ロゴス」の堕落――これが第三世界の国々に荒廃をもたらしています――を嫌っています。

 

昼餉は、散歩がてら街の洋食屋へ。男爵芋のコロッケとハンバーグの定食、食後にコーヒー。

めっきりご無沙汰のデパートはすっかり様変わりして、登山道具の店が入っていた。

ドーナッツ屋でオールドファッションとミルクティー。

夕餉は、小松菜と蒲鉾をそえた温かい蕎麦、赤ワイン。食後に焙じ茶、落花生。

AppleはOS群のパブリックベータ・プログラムを更新してRCをリリースした。macOS 13.2とiOS 16.3をインストール。

レヴィ=ストロースは誤認識をしている部分があるにしても、その広範な知見をもって洋の東西を対比しながら、日本独特の思考とか物事の捉え方を巧みに解いている。

文化人類学者が日本文化を読み解くために費やした時間は、僕たちが自分たちの文化を読み解くために費やした時間とは比べようもない膨大なものだ。僕らが誤認識をしている部分や未踏の知を掘り起こす熱情はどこから来るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラシア大陸の両端で

 

 

 

 

 

 

 

おおむね晴れ。11度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・ゴーダチーズ・ひよこ豆・アオサのサラダ、味噌汁(ジャガイモ・玉葱・人参・キャベツ・油揚げ・豆腐)、卵焼きとハムのトーストサンドイッチ、ルイボスティー。

レヴィ=ストロース著『月の裏側』より――

 

 西洋世界では、生活のスタイルや生産様式が、次から次へと変わります。日本では、それらは共存するといってよいかもしれません。けれども、それらのものは、我々西洋のものと、根本的に違うのでしょうか。私が日本の古典を読むとき、空間よりも時間的な隔たりを強く感じるのです。『源氏物語』は、フランスではようやく七世紀のちになって、ジャン=ジャック・ルソーの物語風の作品によって登場した文学の様式を、先取りしています。筋の展開はゆるやかで、錯綜し、微妙な変化に富み、人生でもしばしばそうであるように、登場人物の深い動機は我々にはわかりません。微細な心理描写に満ち、自然への感情とともに、物事の定めなさと命のはかなさへの感情も重視されている、メランコリックな叙情性に浸っています。

 日本の偉大な歴史年代記である『保元物語』『平治物語』『平家物語』には、また別の隔たりがあります。大きな悲壮感にみちたこれらの作品は、現代風にいうところの「大ルポルタージュ」であると同時に、叙事詩でもあります。数多くの章の最後に、たとえば『平家物語』巻第二に描かれた、仏教の衰退、手写の経典に黴が生え、寺の建物が荒れ放題になるくだり、あるいは巻第七の終わりの、平家一族の福原落ちのように、偉大な抒情詩的昂揚に向かって窓が開かれるのです。私たちの文学で、これに匹敵するものを求めるとすれば、ようやく十九世紀になってからの、シャトーブリアンの『墓の彼方からの回想』くらいでしょう。

 さらに、近松、出雲、松洛、千柳、南北が、文楽のために書いた戯曲や、その歌舞伎に脚色されたものを読むと、私はその豊かさ、筋立ての巧みさ、メロドラマと詩の結合、庶民生活の情景に融合した英雄的感情の描出に、すっかり魅惑されてしまいます。私たちの演劇でそれに近いものといえば、一八九七年になって上演されたエドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』を、どうやら挙げられるくらいです。(中略)

 これがすべてではありません。日本文化の明敏さは、極めて論理的なやり方で、必ずしも日本で生まれたのではない神話の主題――世界の神話の諸要素全体が、日本に認められるという点で――をつなぎ合わせましたが、それと同様に、日本の古い文学は、一般的な社会学的問題の解明に、役立てることができるのです。二年前に『はるかなる視線』という題で日本語訳が出た本で私は、当時の諸制度にあれだけ鋭い視線を投げかけ、登場人物の動機をあれほど綿密に分析している『源氏物語』のような物語作品や『栄花物語』や『大鏡』のような歴史物語や年代記によって、社会学者や民族学者に提起されてきた古典的な大問題が、完全に一新されうることを示そうと試みました。私が考えているのは、人類学者が「交叉イトコ婚」と呼ぶイトコ(性が異なるキョウダイの子であるイトコ)同士の婚姻や、明らかな父系制社会における母系親族の役割についてです。日本の事例は、アフリカやアメリカ北西部の遠く離れた社会組織に関して、民族学者を長いこと悩ませてきた疑問を解明するのに、貴重な助けをもたらしてくれます。

 

昼餉は、甘酒。

レヴィ=ストロースはこのあとの文章で、さらに日本文化のある種の原初性に触れ、ユーラシア大陸を両端に位置するフランスとの関係性を考察している。

夕餉は、佃煮、納豆、高野豆腐煮、焼き鮭、味噌汁(人参・玉葱・ネギ・小松菜・白菜・油揚げ・豆腐)、玄米ご飯、赤ワイン。食後に焙じ茶、歌舞伎揚げ。

 

 

 

 

 

 

 

椅子を眺めること

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。7度。

7時に起きる。

朝餉は、キャベツ・梅肉・ゴーダチーズ・ひよこ豆のサラダ、味噌汁(玉葱・人参・小松菜・キャベツ・油揚げ・豆腐)、玉葱とハムのピザトースト、ルイボスティー。食後にコーヒー。

椅子が届く。宮崎椅子製作所のかねてから欲しかったものを安く譲っていただいた。

どこをとっても無言になる。座面の裏側の曲面にさえ見入ってしまう。すべての曲面を撫でて、座って、遠くを眺める、手元の本を開く――。

宮崎椅子製作所は徳島県鳴門市にある工房で、僕はここの椅子が気に入っている。家具屋ではなく、椅子屋である。徳島ということで、ただでさえめんどくさいのに。値段を知れば二の足を踏む。それは請け合う。

だからなんだというのだ、と宮崎椅子製作所は言いたげだ。座れば、それがわかる。座った人は多かれ少なかれ、彼らが椅子製作所であることを刻みつける。

昼餉は、醤油ラーメン、ずんだ団子。

座ることも大事だが、まずは眺める。眺めているうちに目が育っていく。目は、日々、佳き物から得られる養分を渇望している。目の養分は言葉の届かないところに蓄えられる。

蜜蝋で潤っているローズウッドの色と肌理、座面のわずかな窪みが作る陰影、接合の組みつけによる荷重の分散、背から脚もとへ流れて落ちるわずかな曲線、厚みと細身の均衡。

眺めているうちに、目はさまざまなことをため込んでいく。それがどこに仕舞われているのか、僕にはわからない。それが放出される瞬間はあるのか、それもわからない。

眺めることは、見ることとはちょっと違うような気がする。具体的なことはわからない。だから、ぼんやり眺めるしかない。

凝視することはない。ただぼんやりする。

うまく言えないが、ぼんやりすることは間違わないためなのだと思う。それでもどうせ間違うので、ぼんやりはしょせんぼんやりなのだとあきらめる。そこからのぼんやりが目にはいいのだ。

今日のぼんやりになった宮崎椅子製作所の椅子は、僕がずっと欲しかった物なので、五感が好意的だ。ぼんやりの大事な要件だと思う。

好意的な五感。

暮らしは決して好意的なことばかりではない。というよりも、好意的な五感は滅多に訪れない。そこが、ぼんやりを困難にする。

夕餉は、豆腐、白菜・鶏肉団子・人参・焼き豆腐の中華鍋、玄米ご飯、赤ワイン。食後に焙じ茶、クッキー。

ぼんやりばかりだと、それはもはやぼんやりにならない。

そういうこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

Saravah!

 

 

 

 

 

 

 

雨、のち晴れ。7度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜をかけたヨーグルト、キャベツ・ひよこ豆・ゴーダチーズのサラダ、味噌汁(玉葱・人参・キャベツ・白菜・油揚げ・豆腐)、卵とハムのサンドイッチ。食後にコーヒー、チョコレート。

運を天にまかせる、そのことを運否天賦という。人生を切り拓くのは当人だけ、という鼓舞する言葉とこのウンプテンプという言葉を並列すると身がひきしまる。

どちらか一方ではないのだろう。

僕らは誰かの支えなしに生きることはかなわない。その誰かは、味方ばかりとは限らない。切り拓こうにもおのれの力では至らないことばかりだ。知らずに助けられていることに気づかない。力を貸してくれた人がそのことに気づいていないことさえある。めぐり合わせの妙といったことさえ感ずる。

だから運否天賦を前にするとなぜだか心静かになる。道を拓くためにおのれを鼓舞するのは、運否天賦だからだ。

昼餉は、黒豆きなこをまぶしたお餅、メロンパン、コーヒー。

来し方に思いをめぐらせて気づくのは、人に助けられたことばかりだ。時をともにしてきた人に恵まれた。みずかの力で人々と出会えたわけではない。めぐり合わせのうちに見知ったのである。

みずからの真贋は、いまだにわからない。一歩間違えれば深い穴が口を開けている。落ちるのはいとも簡単だと思わないことは一日としてない。畏れを抱いているのは、おのれへの疑いが消えぬからだ。そういう畏れは、生きているかぎり拭えないだろう。

夕餉は、白菜・人参・焼き豆腐・鶏肉団子の醤油風味鍋、玄米ご飯、赤ワイン。食後に焙じ茶、クッキー。

高橋幸宏さんが70歳で逝った。もっと若いような気がしていた。たまたまだが、細野晴臣さんのアルバムを片っ端から聴いていて、訃報にさいして言葉が出ない。サディスティック・ミカ・バンドの頃の音楽をベッドの中で夢に見た。

 

 

 

 

 

 

 

800年前のもののあわれ

 

 

 

 

 

 

曇り、のち雨。11度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜をかけたヨーグルト、キャベツ・ツナのサラダ、味噌汁(大根・玉葱・人参・白菜・油揚げ・豆腐)、リンゴジャムのトースト、ルイボスティー。食後にコーヒー。

NHKの将棋と囲碁トーナメント。佐藤天彦9段と藤井聡太竜王という対戦に郷田真隆9段の解説なのに対局は凡庸。AI予想を一顧だにしない郷田さんの解説。司会のAI無視もひどい。

一方の囲碁は、一力遼NHK杯に辻󠄀篤仁3段という若手の一番を石田秀芳24世本因坊が解説する。こちらは、画面の左上の小さな碁盤にAIのお勧め3手が表示されるようになった。こちらの方がわかりやすい。解説の石田さんも判断のよすがにしている。囲碁界のこの柔軟さは、囲碁が世界に開かれていることのあらわれだ。

勝敗は、将棋も囲碁もタイトルホルダーがしっかり。

昼餉は、磯辺巻き、コーンスープ。

翻訳された古事記や宇治拾遺を読んでいて思う。読まれなければその本は存在さえしていない。読みはじめた瞬間に、物語は立ち上がっていく。独特の時間、固有の時間。むかしむかしと語られはじめて、それは過去のようでいて今の話となる。

本はそうやって今を生き続ける。どこかで生まれ、そのまま生きていく。

 

『宇治拾遺ものがたり』より、三河入道の出家――

 

 三河入道が出家する前のことである。そのころの名を大江定基という。

 若くて美しいひとりの女を思った。もとの妻を離別し、これを新しい妻として三河へ連れ下った。三河守に任命されたのである。

 ところが、その新しい妻は任国で長い病に臥し、美しかった容姿もおとろえたあげく、死んでしまった。

 いとおしさのあまり、定基は野辺の送りもせず、夜も昼も、亡きがらの妻のかたわらに寄り臥していた。そんなある日、いとしさにつきあげられるようにして、定基は亡きがらの妻の口を吸った。すると、胸のむかつくようなくさい臭いが、吸われた妻の口から洩れた。

 定基の心にうとましさが――在るものすべてへのうとましさが、絶望的にこみあげてきた。泣く泣く定基は妻の亡がらを葬った。妻であった人のなつかしい思い出もそこに埋めた。

 三河の国では、風祭といって、秋の収穫期の前に風の神をまつった。祭りのいけにえに猪を生きながら切り分けるのを見て、

 ――この国を出よう。

と定基は思った。

 そのころ、雉子を生けどりにして持ってきた人があった。

 「これはいい。この雉子は、生きたまま料理して食おう。殺してから料理したのより良い味かどうか、ためしてみたい」

と、定基は言った。なんとか国守の気に入りになりたいと思っていた家来たちは、

 「けっこうでございましょう。どうしていちだんとうまくないはずがござろう」

と、あおりたてる。すこしでも思慮のあるものは、

 ――あきれたことを言うよ。

と思っていた。

 定基は目の前で雉子の毛をむしらせた。

 雉子はしばらく、ばたばたともがいて鳴いたが、押さえつけてかまわずにむしりつづけると、目からぽたぽた血の涙をたらし、しきりにまたたきをしては、命乞いをするように、あちこちにその目を向けるのだった。

 たえられなくなってその場を立つものもあった。

 「ほい、この鳴くこと」

などとおもしろがって、情け容赦なく毛をむしりつづけるものもいる。

 むしり終わると、肉を切り分けさせた。

 刃が身を裂くにつれて、血がぶつぶつと湧き出てくるのを、ふきとりふきとりして切り分けると、雉子は、悲痛な鳴き声のなかで死んでいった。

 すっかり切り分けると、

 「炒り焼きにして試食せよ」

と命じて、家来たちに食べさせた。

 「おお、これはけっこうでござるな。死んだ鳥を料理して炒り焼きにしたのなんかには、くらべられませぬな」

なとど言う。

 定基はこのすべてを、一瞬の目ばなしもせず、じっと見ていた。

 そして泣き出した。とめどなく涙を流し、涙を流したまま、胸のはりさけるような声を放って泣き叫ぶのである。

 「うまい、うまい」など言っていた家来は、あてがはずれて、いたたまれぬ思いをした。

 その日そのまま、定基は三河の国府を出て、都へのぼって法師となった。

 

 三河入道は京都で托鉢をして歩いた。

 ある日、ある家で斎を出すという。庭にむしろを敷き、いろいろと食物を設けて三河入道に食べさせようとした。すわって食べようとしたとき、座敷のすだれがまきあげ上げられた。その内に美しい着物をきた女がいる。ふとそれを見ると、それは、かつての日、彼が離別したむかしの妻であった。

 「こんなことになろうかと、わたしは思っていた」

 むかしの妻はそう言って、じっと三河入道を見た。

 それを恥ずかしいとも苦しいとも思うようすなく、

 「尊いことでござる」

と言って、出された斎をおちついて食べ、そして、このむかしの夫は帰っていった。

 

宇治拾遺集のあわれは、この話に尽きる気がする。

 

夕餉は、キャベツの千切りと人参のグラッセを添えた鶏肉ハンバーグ、味噌汁、玄米ご飯、赤ワイン。食後にチョコレート。

 

 

 

 

 

 

塩を揉み込まないで

 

 

 

 

 

 

 

曇り、一時雨。10度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・ツナ・ひよこ豆のサラダ、味噌汁(大根・玉葱・人参・キャベツ・ワカメ・油揚げ・豆腐)、リンゴジャムを塗ったトースト、ルイボスティー。食後にコーヒー、花林糖。

遅ればせながら、NHKの新しい大河ドラマを観た。家康を主人公に据えた大河ドラマは何回目なのだろう。このたびの主人公はこれまでとは違う。家臣をおいて一人逃げるような男として描かれている。

家臣が彼を一人前に育てるのか、はたまた彼が生まれ変わっていくのか。CGの馬はなんだか情けないが、背景の暗いCGは戦国の世のおどろおどろしさを描けている。

桶狭間で義元を失った家康は「どうする?」と家臣から詰め寄られ、自らの声に震える。毎回、襲いくるどうする?に立ち向かうというのがドラマの通底らしい。今の世を生きる人々のどうする?が重なる。それを重層的というのはナイーブに過ぎるけれど。

ということで、僕は好意的な姿勢をとることに。妻がかたわらで薄笑みを浮かべている。

テレビ番組のクォリティは落ちる一方だが、とくに報道と教養番組がひどい。わざわざレベルを落とした解説をする。解説は解説である。相手のレベルを想定するなど愚の骨頂だ。

絵画の解説はもっとひどい。絵の解説は、作者の意図を解説することではない。そもそも画家は絵のことを言葉で補強などしない。もし補強しているなら、彼の言葉が生まれた時代とか画家の背景を考察するだけでよろしい。

解説とは、稚拙な洞察のことではない。鑑賞の邪魔をしたり、得手勝手な言葉で作品を汚さないでほしい。

物事に意味を求めようとしたり、他人の夢だとか希望を訊ねたり、大切にしている言葉を色紙に書かせたり、その演出の息苦しいことこのうえない。

まともな大人がいないことの証左かと思う。

メディアに従事する大人がいなくなったのは、メディアがなくなりつつあるからだろう。

社会が弱っているこういうときに、為政者は暴走する。それが怖い。

夕餉は、白菜・人参・焼き豆腐・鳥肉団子のアゴアシ味鍋、残った汁で玄米のオジヤ、赤ワイン。

 

 

 

 

 

 

 

裏地の赤

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れ、のち曇り。13度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・ツナ・ひよこ豆のサラダ、卵焼きとハム、味噌汁(玉葱・大根・人参・キャベツ・油揚げ)、リンゴジャムのトースト、ルイボスティー。食後にコーヒー。

向田邦子脚本のドラマ『阿修羅のごとく』のパート2に出てくる佐分利信の存在感にやられる。

43年前から折に触れて観てきた。妻が録画しておいたのは少し前に再放映されたもの。昭和という時代の人模様、向田邦子の眼差しのすごさ。会話劇に引っ張り込まれていく。とりとめのない普段着が、真実という鮮やかな裏地をつけている。

監督の和田勉は、俳優の視線の先を描くのがうまい。どこか先を見る瞳をアップで撮っている。その無言のシーンがどれも残像として立っている。

今の脚本家が乗り越えようとして果たせない台本。セリフだらけなのに空隙という残像で忘れえぬところを物語らせる。この国のテレビドラマの白眉である。

向田さんは傑作をものにすることと引き換えに、自らの命を差し出したのかもしれない。失礼な想像である。

だが運命は、そんな交換条件を当人にはそれと示さずひそかに提示することがある。向田さんは、その提示に従ったという自覚があったろうか。これもまた失礼な物言いではあるが、そういう交換条件を提示される才能を持った人がこの世にはいる。

妻の作った夕餉は、クリームシチュー、玄米ご飯、赤ワイン。食後に焙じ茶、かりんとう。

Appleは、パブリックベータ・プログラムを更新してmacOS 13.2やiOS 16.3のβ2をそれぞれリリースした。

 

 

 

 

 

 

 

生きる糧とは

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・ツナ・チーズのサラダ、味噌汁(玉葱・人参・小松菜・油揚げ・豆腐)、ハムと卵焼きのトーストサンドイッチ、ルイボスティー。食後にコーヒー。

妻と散歩がてら古書店へ。本を求める。

クロード・レヴィ=ストロース著、川田順造訳『月の裏側』(中央公論社)、ひさうちみちお著『托卵』(青林堂)、代田敬一郎著『木の国・石の国』(みすず書房)、串田孫一著『Eの糸切れたり』(平凡社ライブラリー)。

久しぶりの本屋は品揃えがだいぶ変わっている。ひとわたり棚を眺めてから、時間をかけた。至福。

雑貨屋で亀の子タワシを求める。カリモクの椅子も揃えている店で棚の下に埃をかぶって眠っているバタフライスツールを見つける。ローズウッドのいちばん落ち着くやつだ。定価で売られていなければと思いつつ、座面を撫でる。

米粉のパン屋でパンを買い、併設のカフェでコーヒーを。

柳宗理さんはやっぱり台所道具だ。カトラリーはどれも逸品だ。

バタフライスツールに代表される家具はちょっと手がでない。高価なのは曲木の細工に手間がかかるからだが、1脚くらい手元にないと、目の栄養にならない。尻へ至福を与える時間は、その次に待っている人生の転機といえる。

飛騨産業が復刻している『ヤナギチェア』のシリーズではアームチェアがバタフライスツールについでいい。背板から肘木へいたる曲線は家具屋泣かせだが、どこか温かみをまとった姿は4本の脚の角度による。

夕餉は、佃煮、白菜・鶏肉団子・人参・糸蒟蒻の豆乳鍋、玄米ご飯、赤ワイン。食後にチョコレート、焙じ茶。