意識をめぐる旅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り。28度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ・リンゴ、キャベツ・サニーレタス・キュウリ・カマンベールチーズ・カニカマ・バジルのサラダ、味噌汁(玉葱・人参・油揚げ・豆腐・とろろ昆布)、ピザトースト。食後にコーヒー。

『神々の沈黙より』――

 

 籤占いは、新奇な状況において特定の質問に対する神々の答えを引き出す、積極的・計画的手段である点で、前兆占いとは違っている。印のついた棒や石、骨、豆などを地面に投げたり、鉢に入れた中から一つを選び出したり、衣の膝の上に載せて一つが落ちるまで揺さぶったりするなどのやり方がある。この占いによって、イエスかノーの答えを選ぶときもあれば、一群の人や計画や選択肢の中から一つを選ぶときもあった。しかしこの単純さ――それどころか、私たちにとってはくだらなさ――に気を取られて、そこに含まれている深遠な心理的問題を見落としてはならないし、また、際立った歴史的重要性を見過ごしてもならない。サイコロやルーレットなどの、様々な種類の偶然性に頼るゲームは、すべてこの古代の籤による占いの名残りだ。私たち現代人にもきわめて馴染み深いため、この行為にどれほどの歴史的意義があるのかをほんとうに認識するのは難しい。しかし、ごく最近まで、偶然という概念はいっさい存在しなかったことを知れば、理解の一助になるだろう。そういうわけで、棒や骨を地面に投げて問題の答えを決定する方法の発見(これを発見とよぶのもじつに妙なのだが)は、人類の未来にとって、このうえなく重大なものだった。というのは、偶然というものは存在しなかったので、結果は必ず、占いよってその意図を問われている神が引き起こしたに違いなかったからだ。

 

昼餉は、菓子パン、アイスコーヒー。

ジョギング、7.6キロメートル。

ヒトに意識が芽生えたのは、神の声だと思っていたものが、実は己れの胸の内の声だと気づいていった過程でのこととジュリアン・ジェインズは言う。内なる神の声にヒトは従って生きてきた。意識は言葉に根ざしている。言語が未発達の段階では、内なる声は神の声だったという。神の代わりに意識が芽生えていったのはほんの3000年ほど前だ。

そして、神から自意識へと声の主が取って代わっていく過程で、神は外からやってくるようになる。それまで盲従していた神は身近な存在だったのが、今度は話しかけても答えてくれなくなる。ヒトが、神へ問いかける西洋的な対峙の関係が生まれていく。ヒトと芽生えつつあった意識との邂逅はさまざまな軋轢を産んでいく。

歴史が刻まれるのは言語が発達してからのことだが、意識とはまさに言語によって己れを語る術を得たヒトが、矛盾に悩んでいく過程でもあった。

夕餉は、冷や奴、切り干し大根、焼売、味噌汁(玉葱・人参・キャベツ・豆腐)、チャーハン、ウィスキー・オンザロック。食後にアイスコーヒー、ロールケーキ。