バグと自己否定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り、のち晴れ。32度。

7時に起きる。

朝餉は抜く。妻の作ったバナナジュース、コーヒー。

『神々の沈黙』より――

 籤占いの心理について、関心を促したい点が二つある。まず一つは、この占い行為は、〈二分心〉の崩壊の後、脳の右半球が神々の声という形で言語的にコード化されていたときのようには、その右半球の機能を使えなくなった文化で、もっぱらこの機能を補完するために考案されたという点だ。空間的情報やパターン化された情報を処理するのは、おもに脳の右半球であることは実験による研究でわかっている。右半球は、コース立方体模様検査のように、物事の各部分をパターンにまとめたり、パターンの中の点の場所や数を読み取ったり、メロディのような音声パターンを視覚化したりするのに優れている。さて、籤占いが解決しようとする問題も、パターンの各部の順序を決めるとか、誰が何をやるか選ぶとか、領土のどの土地を誰に与えるかなど、それとよく似たものだ。もともと、もっと単純な社会では、そのような決定は神々と呼ばれる幻覚の声がおこなっており、主として脳の右半球の働きだったのだろう。そして、そうした決定が複雑さを増したせいだろうか、神がもはやこの機能を果たさなくなったとき、籤占いが、この右半球の機能に代わるものとして歴史に登場した。

 

昼餉は、チョコドーナッツ、アイスコーヒー。

ジョギング、4.57キロメートル。いつもの公園を少し。

あちこちで猛暑を記録。

夕餉は、冷や奴、切り干し大根、マカロニサラダ、焼き豆腐の南蛮漬け、焼売、味噌汁(玉葱・人参・レタス・豆腐)、玄米ご飯、ウィスキー・オンザロック、アイスコーヒー。

Appleは、OS群の開発者バージョンを更新して、β1をリリースした。macOSは14.1、iOSは17.1へ。新しい機能が付け加えられるたび、バグが残ったままの古いモジュールの去就が気になる。それらは1ヶ月後か、1年後か、はたまた5年後かに直るのだろうか……。

生成AIにどこか信を置けないのは、たとえ開発言語のバグをAIみずから潰す日が来たとしても、その撞着の構図を超克できない予感があるからだ。バグを己れのうちに抱えたプログラムが、獅子身中の虫を己れの一部として否定する――そんな芸当ができるとしたら、バグのバグをどのように定義するのだろう。さらにその先は……。存在自体をバグとして捉えかねない。AIというプログラムに、そうした危機管理の意識を埋め込むことが可能だろうか。

己れの声を神の声と思っていた、ヒトの歴史はその転換点をどう超克したのか。実は、できていないのではという気がしてならない。その痕跡は歴史にはたくさんあって、数え上げたらきりがない。