800年前のもののあわれ

 

 

 

 

 

 

曇り、のち雨。11度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜をかけたヨーグルト、キャベツ・ツナのサラダ、味噌汁(大根・玉葱・人参・白菜・油揚げ・豆腐)、リンゴジャムのトースト、ルイボスティー。食後にコーヒー。

NHKの将棋と囲碁トーナメント。佐藤天彦9段と藤井聡太竜王という対戦に郷田真隆9段の解説なのに対局は凡庸。AI予想を一顧だにしない郷田さんの解説。司会のAI無視もひどい。

一方の囲碁は、一力遼NHK杯に辻󠄀篤仁3段という若手の一番を石田秀芳24世本因坊が解説する。こちらは、画面の左上の小さな碁盤にAIのお勧め3手が表示されるようになった。こちらの方がわかりやすい。解説の石田さんも判断のよすがにしている。囲碁界のこの柔軟さは、囲碁が世界に開かれていることのあらわれだ。

勝敗は、将棋も囲碁もタイトルホルダーがしっかり。

昼餉は、磯辺巻き、コーンスープ。

翻訳された古事記や宇治拾遺を読んでいて思う。読まれなければその本は存在さえしていない。読みはじめた瞬間に、物語は立ち上がっていく。独特の時間、固有の時間。むかしむかしと語られはじめて、それは過去のようでいて今の話となる。

本はそうやって今を生き続ける。どこかで生まれ、そのまま生きていく。

 

『宇治拾遺ものがたり』より、三河入道の出家――

 

 三河入道が出家する前のことである。そのころの名を大江定基という。

 若くて美しいひとりの女を思った。もとの妻を離別し、これを新しい妻として三河へ連れ下った。三河守に任命されたのである。

 ところが、その新しい妻は任国で長い病に臥し、美しかった容姿もおとろえたあげく、死んでしまった。

 いとおしさのあまり、定基は野辺の送りもせず、夜も昼も、亡きがらの妻のかたわらに寄り臥していた。そんなある日、いとしさにつきあげられるようにして、定基は亡きがらの妻の口を吸った。すると、胸のむかつくようなくさい臭いが、吸われた妻の口から洩れた。

 定基の心にうとましさが――在るものすべてへのうとましさが、絶望的にこみあげてきた。泣く泣く定基は妻の亡がらを葬った。妻であった人のなつかしい思い出もそこに埋めた。

 三河の国では、風祭といって、秋の収穫期の前に風の神をまつった。祭りのいけにえに猪を生きながら切り分けるのを見て、

 ――この国を出よう。

と定基は思った。

 そのころ、雉子を生けどりにして持ってきた人があった。

 「これはいい。この雉子は、生きたまま料理して食おう。殺してから料理したのより良い味かどうか、ためしてみたい」

と、定基は言った。なんとか国守の気に入りになりたいと思っていた家来たちは、

 「けっこうでございましょう。どうしていちだんとうまくないはずがござろう」

と、あおりたてる。すこしでも思慮のあるものは、

 ――あきれたことを言うよ。

と思っていた。

 定基は目の前で雉子の毛をむしらせた。

 雉子はしばらく、ばたばたともがいて鳴いたが、押さえつけてかまわずにむしりつづけると、目からぽたぽた血の涙をたらし、しきりにまたたきをしては、命乞いをするように、あちこちにその目を向けるのだった。

 たえられなくなってその場を立つものもあった。

 「ほい、この鳴くこと」

などとおもしろがって、情け容赦なく毛をむしりつづけるものもいる。

 むしり終わると、肉を切り分けさせた。

 刃が身を裂くにつれて、血がぶつぶつと湧き出てくるのを、ふきとりふきとりして切り分けると、雉子は、悲痛な鳴き声のなかで死んでいった。

 すっかり切り分けると、

 「炒り焼きにして試食せよ」

と命じて、家来たちに食べさせた。

 「おお、これはけっこうでござるな。死んだ鳥を料理して炒り焼きにしたのなんかには、くらべられませぬな」

なとど言う。

 定基はこのすべてを、一瞬の目ばなしもせず、じっと見ていた。

 そして泣き出した。とめどなく涙を流し、涙を流したまま、胸のはりさけるような声を放って泣き叫ぶのである。

 「うまい、うまい」など言っていた家来は、あてがはずれて、いたたまれぬ思いをした。

 その日そのまま、定基は三河の国府を出て、都へのぼって法師となった。

 

 三河入道は京都で托鉢をして歩いた。

 ある日、ある家で斎を出すという。庭にむしろを敷き、いろいろと食物を設けて三河入道に食べさせようとした。すわって食べようとしたとき、座敷のすだれがまきあげ上げられた。その内に美しい着物をきた女がいる。ふとそれを見ると、それは、かつての日、彼が離別したむかしの妻であった。

 「こんなことになろうかと、わたしは思っていた」

 むかしの妻はそう言って、じっと三河入道を見た。

 それを恥ずかしいとも苦しいとも思うようすなく、

 「尊いことでござる」

と言って、出された斎をおちついて食べ、そして、このむかしの夫は帰っていった。

 

宇治拾遺集のあわれは、この話に尽きる気がする。

 

夕餉は、キャベツの千切りと人参のグラッセを添えた鶏肉ハンバーグ、味噌汁、玄米ご飯、赤ワイン。食後にチョコレート。