彼女の至るところ

 

ところ彼女の至るところ

 

 

晴れ。10度。
7時に起きる。
朝餉は、ずんだ餡を塗ったトースト、アールグレイのミルクティー。
荷造りをして、妻と駅へ。東海道線を下るほぼ各駅停車の旅。青春18きっぷは今日が期限。混雑しているかと覚悟していたのに、旅好きの姿はまばらだった。
富士山は南側に雪はそれほどなく、ぼくらが普段みている北東側とは様相がちがう。鈍色の海は、寒さにうずくまっているよう。
昼餉は、熱海で温かいきつねそば。
その熱海で気づいたのだが、20代そこそこの女の子。ぼくらと彼女は付かず離れずで米原までいっしょだった。目の前に座った彼女は、一心に文庫本を読んでいる。黒いキャップを被った顔はマスクとツバに隠れてほとんど見えない。華奢な体、透きとおるような指先、地味な服装の内からみなぎる力のようなものが伝わってくる。
この時代に、500頁を超えそうな文庫本を携えて、軽そうなバックパック1個で一人旅をする、女の子の姿は清々しい。読み疲れると、しばし目を閉じる。景色を眺めて、たまにスマホに目をやる。乗り換えのたび姿が見えなくなったり、斜向かいに座っていたりして、ぼくらが日の落ちた夜の米原で降りると、彼女はその先の姫路行きに乗り継いだ。文庫本の残りは数十頁くらいになっていたろうか。読み終えたら、どうするのだろう。そのまま行き着けるところまで乗るのだろうか。その時間との対峙の仕方は、若者にゆるされている数少ないものの一つだ。
いいな、とぼくは何度も思って彼女の姿を視野のどこかに捉え続けた。ぼくのバックパックにはカポーティの最初期の短編を集めた文庫が入っており、豊橋あたりで読み終えたので、ちょっと離れたところに座っているであろう彼女に進呈しようか迷った。いつもは持っているコットンペーパーのメモが見あたらず、一筆啓上できなかったこともある。
今ごろになって悔やんでいる。
米原は寒くて、身が縮んだ。アパートの部屋はストーブを炊いて部屋が暖かくなっても体は固まりつづけた。
夕餉は、スーパーで求めた巻き寿司、弁当、即席麺、ウィスキー・オンザロック。
Appleは、OS群の開発者バージョンを更新してβ3をリリースした。
彼女は、漆黒になりきれない灯火の流れに目をやりながら、本を読み続けたろう。その小説は、今日一日の彼女をどこへ導いたことだろう。

う。鈍色の

海は、寒さにうずくまっているよう。

ような指先、地味な服装の内からみなぎる力のようなものが伝わってくる。

この時代に、500頁を超えそうな文庫本を携えて、軽そうなバックパック1個で一人旅をする、女の子の姿は清々しい。読み疲れると、しばし目を閉じる。景色を眺めて、たまにスマホに目をやる。乗り換えのたび姿が見えなくなったり、斜向かいに座っていたりして、ぼくらが米原で降りると、彼女はその先の姫路行きに乗り継いだ。文庫本の残りは数十頁くらいになっていたろうか。読み終えたら、どうするのだろう。そのまま行き着けるところまで乗るのだろうか。その時間との対峙の仕方は、若者にゆるされている数少ないものの一つだ。

いいな、とぼくは何度も思って彼女の姿をどこかに捉え続けた。ぼくのバックパックにはカポーティの最初期の短編を集めた文庫が入っており、豊橋あたりで読み終えたので、ちょっと離れたところに座っているであろう彼女に進呈しようか迷った。いつもは持っているコットンペーパーのメモが見あたらず、一筆啓上できなかったこともある。

夕餉は、スーパーで求めた巻き寿司、弁当、即席麺、ウィスキー・オンザロック。

Appleは、OS群の開発者バージョンを更新してβ3をリリースした。

彼女は、漆黒になりきれない灯火の流れに目をやりながら、本を読み続けたろう。その小説は、今日一日の彼女をどこへ導いたことだろう。