本を行商するということ

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り。5度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、大根とキャベツのサラダ、ハムと目玉焼き、味噌汁(キャベツ・大根・玉葱・人参・油揚げ・豆腐・ネギ)、バタートースト、ルイボスティー。

内田洋子著『モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語』より――

 

 村勢調査によれば、一八五八年時のモンテレッジォの人口八百五十人のうち七十一人が、〈職業は本売り〉と記載されている。

 どのような旅だったのだろう。

 五十年ほど前に村人たちからの聞き取りで、一八○○年代後半から千九○○年代前半にかけての行商の様子が記録に残されている。

〈春が訪れると、本の行商人たちは同じ日に全員が揃って村を発ちました。海側のラ・スペツィアから北イタリアの平野部ピアチェンツァを抜けて、ミラノ、ヴェローナへと続く峠道の決まった地点に、本の行商人たちが集結するのです。

 一九二○年五月十四日。私は、やっと六歳。行商人たちを見送ろうと、他の子供たちと広場の隅に座っていました。父を含む大勢の村の男たちは、露天を広げる場所がかち合わないように、各自の行き先を念入りに振り分けました。売れ行きの良い本の題名を教え合い、それぞれ仕入れに行く出版社名を確かめていました。

 私は、その光景に見とれていました。かっこうよかった。頑丈な靴で足元を固め、地味な色の服を着て質素で、全員が本の包みを自分の脇にしっかりと引き寄せて置いていました。持ち物はそれだけでした。本が父たちの宝物だったのです。

 各自の商い場所が決まると、男たちは荷物を担ぎ、握手を交わし、ちょっと冗談を言い合ってから、「じゃあ」と、手を上げてそれぞれの目的地へ向かって黙々と歩き始めたのでした〉

 峠道で別れた後、本の行商人たちはどこへ向かったのか。大半が、中央から北イタリアの町を目指したという。

〈行商人たちは、ラクイラから南へは行きませんでした。最初のうちはどんどん南下してローマまで行ったのですが、読み書きできる人が全然いなかった。本は全く売れませんでした。ちなみに当時、一番売れた町は、ボローニャでした〉

 

 この頃の本の行商人たちは、各地の青空市場で商売をしていた。成果や鮮魚、パンにチーズ、精肉、鍋や箒と並んで、台に本を積んで売ったのである。青空市場は毎週一度、町の決まった場所に開かれるものと、夏祭りなどの年中行事に付随して立つ大がかりなものがあった。

〈私は十一歳でした。母について、遠くの知らない町まで本を売りに行きました。両親はミラノで露天を出していたのですが、あまり売れなかったからです。

 台も持たずに市場にやってきた私たちを見て、隣で店を広げていた人が吊るしていた売り物の絵を一枚外して、「台代わりに使いなさい」と、差し出してくれた。私が最初に本を売ったのは、絵の上の一メートル四方の店でした。

 週中は両親がミラノで、土曜日曜は私も両親といっしょにその町まで出かけて行って売りました。何年かしてうちの台は二十メートルまでになり、店員も五人に増えました。一日に十七箱を売り尽くしたこともあったのですよ。

 

昼餉は、きな粉の焼き餅、コーヒー、煎餅。

 

 毎朝四時に台に本を並べました。昔は、営業時間など決まっていませんでしたから、早くに台の前を農家の人たちが通ります。泥の付いた靴で立ち止まると、「『ピノッキオ』を一冊頼みます。一番きれいなのをお願いしますよ」と、買ってくれたからでした。

『白雪姫』『シンデレラ』『赤ずきんちゃん』『長靴を履いた猫』など、子供向けの本はよく売れましたね。とりわけクリスマス前は盛況でした」

 朝早くから夜遅くまで、雪でも猛暑でも、本を待つ人がいるのなら厭わず露天を開けた。日曜も祭日もなしに働いた。行商人たちはいつでも本を山と積み上げた台の側に立ち、客が来れば丁寧に相手をした。客の質問や感想はひと言も漏らすまい、と熱心に聞いた。一生懸命、客たちの目と手と本の動きを追った。

 店舗を持たないので、かかるコストは自分たちの食費だけである。行商人たちは露天を畳むと大切な本を箱に詰め、傷まないように盗まれないように抱えて野宿したので、宿泊費もかからないのだった。そして費用の浮いた分、本の値段を下げたのである。

「休まず働くなんて、神の教えに反している」

「あんな破格で売られては、こちらの商売が上がったりだ」

「本を売るのは、もっと教養のある人たちの仕事なのに」

 多くの一般書店は、村の行商人たちを敵視した。

 一方、出版社は規模や有名無名にかかわらず、モンテレッジョの行商人たちを大変に重宝した。既成の書店からはけっして知ることができなかった新興読者たちの関心や意見を、行商人たちのおかげで詳細に把握できたからである。大きな町ならまだなんとか市場の動向も読めたものの、いざ地方の小都市ともなると販売網の外である。行商人たちは、自らの足で回って漏らさず拾い上げて伝えた。道なき道を行くのは、村人たちにとって日常茶飯事だった。

 

Netflixで是枝裕和監督の『舞妓さんちのまかないさん』を妻と観終わった。原作の良さが伝わる良作。

夕餉は、鳥肉団子・白菜・ネギ・人参・焼き豆腐・糸こんにゃくの豆乳鍋、赤ワイン。食後に焙じ茶、歌舞伎揚げ。