喧騒だった時代

 

雨。24度。

7時に起きる。

妻の作った朝餉は、ポテトサラダ、レタス・キュウリ・パプリカのサラダ、ブルーベリーを塗ったトースト、麦茶。

九州の豪雨は長期化すると気象庁。

普通の暮らしの半分もできないまま。デスクワークはなんとか。座っていると腰が固まっていく。調べたら前回は3年前にやっていて、治るのに3日ほどかかっていた。

昼餉は、妻の作った塩ラーメンとミルク寒天のキャラメルかけ、冷たい緑茶。

本を求める。和田誠著『装丁物語』(中公文庫)。著者の若かりし頃、奥さんと撮った写真をテレビで見ていたら無性に読みたくなった。元の白水社刊は再販されているが高くて手が出ない。昭和という不思議な時代を思う。

戦前戦中と戦後。軍事国家を経て民主主義に初めて触れた時代。果たしてそれが民主主義なのか、誰も深くは考えないまま働き尽くめだった時代。活力みなぎる顔。てんでバラバラで、やりたい放題だった時代。今、そのツケを払い続けている気がする。

和田さんの本を読んでいると、そんな時代のことが迫ってくる。だが、そんなことはどうでも良い。和田さんが唯一、声を荒げるようにして書いておられる本のバーコードは、健闘も実らず仲間も増えることなく、そのまま表4に居座ってしまった。和田さんは、美を損ねるバーコードに嫌悪を隠さなかった。シールにしたり透明化したりオビに刷るというアイデアを出版業界に投げかけ続けた。その語気は鋭く「これしきのことで何を目くじら立てているんだ」くらいに思われた方も多いと思う。あとがきに和田さんは風潮についても綴っている。

抜粋――

 

 写植屋さんがなくなってゆく。活版印刷はほぼ影をひそめた。「便利」に押し切られて美しいものが淘汰されるといういやな世の中です。

「装丁と装幀」の章で、「すべてをデザイナーに任せないで、自分の創造性を発揮できる場所を残して、本作りに参加する編集者も多い」という意味のことを述べましたが、その後そういう人はかなり減っています。「オビはそちらで」と言うと「やってくれないんですか。じゃ仕方ないから、うちのデザイナーにやらせます」となる。オビをデザインすることを面倒くさがっていると思われるらしい。

 

和田さんは怒ったり悲しんでばかりいるわけではなかった。一時は装丁の仕事がほとんどなくなった。残った仕事を和田さんはそれまでにも増して全力でやったと書いている。時は過ぎて、また依頼は増えたこと。若い世代にも共鳴してくれる編集者が出ていることに触れてペンを置いている。

妻の作った夕餉は、味噌汁(玉葱・人参・エノキ・豆腐)、鳥唐揚げをのせたカレーライス。食後にキャラメルをのせたミルク寒天、抹茶入り緑茶。

ちなみに、『装丁物語』の単行本のバーコードはシールにすることで表4から追放している。シール化にあたっては出版社も困ったことだろうと思う。でも、折れたことに一縷の望みがある。皮肉なもので、中公文庫版はカバー表4にバーコードが刷られている。こればっかりはどうにもならなかったのだろう。

 

 

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