一瞬という邂逅

 

晴れ。36度。

8時に起きる。

朝餉は、キャベツとレタス、コーン、チーズのサラダ、焼き茄子、味噌汁(キュウリ、小松菜、キャベツ、エノキ、茄子)、トースト、ミルク、麦茶。

昼前に家を出て、東海道線ほぼ各駅停車の旅。青春18きっぷに不似合いな二人旅もマンネリ気味。周りを見ても、そんな風情は見当たらない。暑気の危険を冒すほどの旅ではないということかな。

昼餉は、僕は抜きで女房はお握りとかフランスパンを齧る。

車中でずっと聴いていたのは、ジョビンの『WAVE』。気づかなかったアレンジの妙にハッとしたり。アルバムのキリンの写真を眼球の裏側あたりに定位させながら聴いていると、ストリングスが涼やかな風となって首を撫でていく。豊橋から米原の19駅は帰宅ラッシュと重なり、そんな混雑を毎夜耐えていた東京でいったい何を考えていたのか。

本を読みながら聴いていた音楽は今と変わらないのに、響きは変わって聞こえてくる。

姪っ子は、僕が何をしている人なのかずっと知らずに来たそうで、ある日、インターネットを見てびっくりしたそうだ。仕事のことなどおくびにもださない、ヘンな叔父さんくらいにか思っていなかった。

なんだよ、それでいいじゃないか、と僕は言う。実際のところ、ヘンなんだから。

昔の仕事のことなどどうでもいいが、通勤に読んだものや聴いたものの印象がガラッと変わってしまう、というのは気になる。姪っ子には、そんなことはもちろん言わない。

家に着いたのは10時近く。

夕餉は、お握りと塩焼きそば。疲れて怒りっぽくなった夫婦は熱帯夜に沈黙をとおしたり。

すぐ忘れてしまうような小さな駅の風景が、いつの間にか焼き付いている。そのどこかが微妙に変わっていると、それが何とは無しに訴えてくる。ん? 何かヘンだぞと。その綻びを辿っているうちにやがて電車は過去へと向かう。

高村薫の『レディ・ジョーカー』は警察小説の白眉だが、それを決定づけているのは、何度も通る道すがら、わずかに変わっているある一点についに気づく、その過程と瞬間の描写にある。主人公が気づいた瞬間に、僕はひっくり返りそうになった。まさか、そういうことを述べるために何百頁を費やした。その一瞬のために、小説家が払ったものは莫大すぎて想像もできなかった。

高村薫の最新作が書店に並んでいる。合田刑事が主人公らしい。

今度の版元も、毎日新聞だ。

 

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