分別の攻防

 

曇り。23度。

5時に起きる。

朝餉は、バナナ、キャベツとレタス、パプリカ、コーン、カニカマのサラダ、味噌汁(人参、ズッキーニ、玉ねぎ、豆腐、エノキ)、さつま揚げの野菜炒め、トースト、アールグレイ、豆乳。食後にコーヒー。

5月のまとめをば。アクティビティは15日、総距離は115キロメートル。スクワット、プッシュアップ、腹筋はそれぞれ3セットをほぼ毎日。

女房と片付けの続き。

片付けたつもりでも、後から出てくる出てくる。これでもかという攻撃。処分するほうへ片っ端から分別していると、女房がいちいち有用性を訴えてくる。それは正しい。どんなモノでも、有用であることは認めねばならない。

だが、十年以上も使っていなかったし、着ていなかった。その一事が無用であることの証明になっている。

けっこうな値段になるモノを買い取り店へ持っていくが、買い叩かれる。店もお腹いっぱいで、付け値で嫌なら持ち帰ってくださってけっこうという笑顔。そんな僕らでさえ、それほど買っていないと思う。世間の老人家はどれほどなのだろう。

昼餉は、豆パン、小豆パン。

人形は親戚の子供にやるから。女房が言う。だから処分しないでよ。

自分たちで処分できないモノを、人に押し付けないでよって。きっと相手はそう思うよ、と僕。

夕餉は、キムチ、キャベツとポテトサラダを添えたアジフライとメンチカツ、味噌汁(人参、玉ねぎ、エノキ、豆腐)、玄米ご飯。

女たちが捨てられないのは、身を切り刻まれるからだろう。擬似的ではなく、現実に痛いのだ。僕だったら、その痛みに耐えられないかもしれない。

死んでしまえば、誰が処分するかわかるか?

そいつは、お前のモノをゴミとして処分するんだ。

どうせ分別するなら、自分でやった方がまだしもだろ。

僕はそれを言い続けた。今も、言っている。

 

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