オスとしての観念

 

 

 

曇り、のち雨。23度。
7時に起きる。
朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、サラダ(レタス・リーフレタス・キャベツ・トマト・キュウリ・バジル)、ハムと目玉焼き、味噌汁(ジャガイモ・油揚げ・豆腐・玉葱・人参・蕪の葉)、ブルーベリージャムのトースト、アールグレイ。食後にコーヒー。
NHKの囲碁講座で映画『碁盤斬り』に協力した棋士たちを紹介している。碁会所シーンの背景で井山裕太王座が打っていたことに気づかず。スナップの効いた左手が映っていたというのに。その手前に座る國村隼と草彅剛に釘づけだった。迂闊である。
昼餉は、中華スープ、焼きそば、コーヒー、パンの耳のラスク。
サム・シェパード著『鷹の月』より——

 こんな些細な気がかりをいつももっている。はじめはそれほど気にならない。すぐに気づくというよりも、起こってしまってから気づくというように。それから俺にいつもつきまとう思いは、あることがらにちなむ些細な気がかりであると気づく。いくつも部屋のある大きな家の中にいるとすると、それぞれの部屋に足を踏み入れるたびに、もし一生そこに監禁されたら、どんなふうに暮らせるかと考えてしまう。監禁されることや、誰がどういう理由でそうするのかなどはどうでもいい。つまり、この場合の些細な気がかりというのは、この、またはある部屋のなかで、そこにある設備を使ってどうやってサヴァイヴするかということに関係する。もしそこが、たとえば暖炉みたいな設備がふんだんにある部屋だとしよう。俺はまず、薪のことを考え、それから薪の蓄えをほじくり返して、それがどれだけもつかを計算する。薪のことと暖炉のことにいいかげんにきりをつけ、一族の肖像画や一族の印証や紋章や、紋章付き陣中着のことなんかに注意がすり変わるまでそれをつづける。そんな興味もそろそろ失せる頃を見計らって、俺は次に、乳白ガラスの灰皿や南北戦争の写真や、中央にガラスの葡萄とガラスの梨を盛ったガラスの鉢があるガラスのテーブルのような心ときめかせてくれる品物を物色しにかかる。(後略)

男なら、こういう視線とか考え方は少なからず持っている。シェパードが「気がかかり」と呼ぶのはまさにそうで、男はどこかで予行演習をするのだ。ヒトという種族の男たちは、そうやって生き延びてきたとでも言わんばかりに。強迫観念のないオスは、ひょっとしたらオスではないとさえおもう。
夕餉は、冷奴、ヒジキ煮、ポテトサラダ、鳥肉ハンバーグ大葉包み焼き、味噌汁(蕪の葉・スナップエンドウ・油揚げ・豆腐・玉葱・人参)、玄米ご飯、ウィスキー・オンザロック。食後にピーチティー、チーズタルト。