晴れのち曇り。28度。
7時に起きる。
朝餉は、バナナ、サツマイモの甘煮、レタスとキュウリ、玉葱、トマト、ツナ、コーンのサラダ、味噌汁(人参、玉葱、サツマイモ、豆腐、エノキ)、チーズトースト、紅茶、豆乳。食後にコーヒー。
谷川俊太郎『ひとり暮らし』より――
ひとくさりチベット語でお経を唱えたあと、法王は般若心経を知っている人は日本語で唱えましょうと聴衆に呼びかけた。八千人近い人々が集まった東京ベイNKホールに、さざ波のように声がひろがった。それは人声というよりは自然の物音のようで、もちろんロックみたいに騒々しくないし、クラシック音楽のように秩序立ってもいない。聞いたこともない不思議な響きだった。法王は「おほん」と咳払いをひとつして話し始める。
話しながらときどき頭や肩やのどを掻く、暑くなったのか肌ぬぎになったら、腕に虫さされとおぼしいものが点々とある。同時通訳が日本語に訳している間に、サイドテーブルに置かれたミネラルのラベルを読んだり、衣についているゴミをつまんだり、飴を口にほうりこんでにこっと笑ったりする。それがすべてこせこせしていないし、ちっともわざとらしくない。こういうのをよく「天衣無縫」などという言葉で形容するが、そういう言葉さえ邪魔な感じがする。私は法王の軽やかな身のこなしと、いたずらっ子のような表情を見ているのが楽しくて、それだけで満足してしまう。
谷川さんの視線は、ほかの八千人近い人と同じだったろう。誰かが特別な視線を持っているわけはないのだ。上の文章のように、八千人近い人は見て、感じた。そう思わせる何かが、この文章にはあって、それは詩人とは別の資質かもしれない、と思ったりする。でなければ、ダライ・ラマという人物がやはりなんともすごい存在なんだと思わずにいられない。
昼餉は抜き。
佐野洋子さんの対談より――
佐野 昔は、死って今よりもっと身近なもんだったわよね。
私、北京にいたじゃない? 昔だから物乞いがいーっぱいいるわけよ。家族連れの物乞いが毎朝家の前に来たり、冬には門を出て行くと塀のところに死体がころがってるわけ。それがきのう転がってたのとは違う死体だったりするわけよ。だから朝起きていって、そこに死体がないのが変みたいな感じ。人はコロコロ、コロコロそのへんで死んでた。
今の「命」とか「医療」って、もしかしたら間違いかもしれないと思うわけ。人は自然に死んでいくものであって、人の臓物を買ってまで生きるということは、それはもう私は命じゃないと思う。
西原 うん。そうですね。
佐野 片方で人の臓物を買って自分の子どもにやってるのに、片方では飢えて死んでる子がいるわけじゃない? そしたらそれを同じ命とは、私はいえないと思うのね。買ってるほうは「命じゃない」と思うし、飢えてる子に対しても、私は特別同情心は持たないね。
そりゃかわいそうなのよ。みんな、かわいそうなときもあるのよ。自分も死ぬかもしれないのよ。だから飢えてる子に、過剰な”かわいそうさ”というものは持ってないね。
飢えた子どもって、こんなにお腹がふくれてきちゃってるじゃん。それは自分のせいじゃないわけよね。そういうところにたまたま生まれあわせちゃっただけじゃない。それで死んでいく。そこで生まれたことを全部ひっくるめて受け入れるのが「命」だと思うのね。だから私は、臓物を取り替えたりするほうが不自然で、飢えて死ぬほうが自然だと思うね。命って、そういうものだと思う。
だいたい生きることがそんなに価値あることか、と思う。人の臓物を取ってまで生きる、それほど生きることがたいしたことかって思う。生きてること自体はたいしたことないのよー。たいがいの人は、普通の人じゃない? 自分がレオナルド・ダ・ヴィンチだったりモーツァルトだったら、そりゃわかんないわよ。それだけどモーツァルトだってダ・ヴィンチだって、死ぬときは死ぬんだよね。そうじゃない人は、ぜんぜん忘れられて死んじゃって、それが自然なわけじゃない?
だから私、「人の命は地球より重い」って言う人がいたら、「えーっ‼︎!」と思うよ。重いわけねーじゃんかって。
佐野さんの優しさは、詰まるところ、飢えて死ぬ子へ注がれている。お前の死が自然なのは、命にはこれっぽっちも重さなどないのだから、安心して逝け、と言い放っているところにある。複雑に見えて、彼女の死生観は単純で明快だ。それは図らずも健康的ですらある。佐野さんをもし病的だと指弾する社会があるとするなら、その社会の病巣は途方もなく深い。
10キロをジョグ。
甥っ子の嫁さんと子供が訪う。名古屋へ行った土産をいただく。黄色い新幹線に乗ってきたとか。子は、父親譲りの乗り物好きになった。黄色い新幹線はドクターイエローと呼ばれる保守点検をする専用車両だが、こいつを見ると幸せになるという都市伝説があるらしい。
夕餉は、味噌汁(人参、玉葱、ピーマン、豆腐、サツマイモ、小松菜)、ポークカレー。食後に麦茶、クッキー。
ジョアン・ジルベルトが逝った。