その家のこと

 

 

 

 

 

 

 

冷たい雨、15度。

7時に起きる。

コーヒー。

朝餉は、大根のツナマヨサラダ、ポテトサラダを添えたコロッケ、焼き鮭、味噌汁(大根・玉葱・人参・シメジ・ネギ)、玄米ご飯。食後に蒸しパン、コーヒー。

妻とクルマで彦根の荒神山そばの甘呂町へ。

その家は、普通の家なら3軒ぶんはゆうにあり、大きな蔵まで建っていた。だが、住む人はもういない。

札幌で夫に先立たれ、悲嘆にくれる女性は故郷へ戻ってこいという地元の声に従った。生まれ育った街へ帰れば、きっと平穏な日々がある。彼女はそれを信じた。そして、一人暮らしに必要なぶんだけ大きな家に手を入れると、心機一転をはかった。

僕らが挨拶に伺ったご縁さんは、夫を失った頃からその人の相談に乗ってきた。札幌と彦根に離れてからも、彼女の話を電話で聞き続けた。いつからか、それが日課になったという。死にたい、とこぼす彼女に諭し続けた。

その人が自死を選んだのは一昨年のこと。

助けることができなかった。ご縁さんは、僕らにそのことを話してくれた。

僕らが彦根を話題にしたとき、ご縁さんは誘われるように話してくれたのだ。

昼餉は、マクドナルドで三角チョコパイ、コーヒー。

大きな家は崩れかかっていた。漆喰が剥がれ、塀が波打ち、瓦の隙間から雑草が伸び、冷たい雨に打たれていた。栄華を極めた時代を窺えたのは、その家の威風のおかげだったか。

毎日のように人と会えるわけではなかった。大きな家に一人。それが彼女を追い立てたのかもしれない。ご縁さんはそう語った。

いつか、その家を訪れたい。

その想いを聞いて、僕らは彦根へ行って写真を撮り、様子を報告しましょうと約束した。印刷した写真には、矢のように家を射る雨が写っている。

どのように書いたものか。写真には、厳しかった彼女の日々が写っているようだ。

夕餉は、ポテトサラダ、大根ツナマヨサラダ、妻の作ったキーマカレー、ウイスキーオンザロック、ナッツ。

写真を撮っていると、斜向かいの大伽藍の横道からご住職と思しき方が出てこられた。僕らの問いかけに、彼はその家の名を知らないと答えた。赴任して間もないから、と。

鄙びた家々に雨が降りしきる。