鬼に幸あれ

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り。6度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたリンゴ、キャベツ・厚揚げ・ネギの卵とじ煮、味噌汁(大根・玉葱・人参・シメジ・ネギ・油揚げ・豆腐)、バタートースト、アールグレイ。

サイレンを鳴らしてやってきた救急車が、ずっと玄関前に止まっている。回っていた赤灯はいつのまにか消えている。2度ほどベランダに出て様子を見る。

まだ停まっているよ。

あら……。

運び出せないわけでもあるのかな。

どんな?

体を動かせないとか……。

そんなことを口にするも、なぜだか後悔する。

昼餉は、マクドナルドでフレンチフライ、ハンバーガー、コーヒー。

高くなったものだ。それでも他国に比べたらと思いつつ、4口くらいで胃におさまるハンバーガー。コーヒーは薄くなってもまだ味はする。

小林秀雄著『本居宣長』より抜粋――

 

 薫と匂宮とに契った浮舟は、恋敵同士の争いが烈しくなるにつれ、進退に窮して、死のうと思う。しかし、作者は死なさない。初めから、死ねるような女には描いていないのである。入水を決心はするが、とどのつまりは、われとわが決心に「おどろかされて、先立つ涙を、つつみ給ひて、物も言われず」という事で、「浮舟の巻」は閉じられて了う。追いつめられた女には、発狂しか残っていないのだが、読者は、他の登場人物等とともに、浮舟の行方不明を知らされるだけだ。真相は、「手習」に至って、はじめて語られる。宣長が言っているように、「いとおもしろき書きざま」(「玉のをぐし」九の巻)なのだが、これも、作者の構想の必然であって、作者の本意は、読者の興味だけを目指してはいなかったであろう。浮舟は、「物の怪」に抱かれ、さまよい出て、失神するのだが、われに還った彼女の記憶によれば、「物の怪」は、初めて彼女に恋情をよび覚ました、匂宮の姿をしていた。「物の怪」は、彼女自身の内部の深所から現れる。浮舟には、匂宮の肉体の「匂ひ」は、薫の教養の「薫り」より、実は深いものであった。無論、これを知っているのは作者であって、浮舟ではない。

 

妻が作った夕餉は、恵方巻きを模した手巻き寿司、ワカメスープ、福豆、ビール、赤ワイン。食後に焙じ茶、ケーキ。

酢飯を作って、海苔のうえにならす。そのあとを妻が具材を並べていく。巻き簀をきつく巻くのに僕はいつも手こずる。今日もちょっとゆるい。

たまにカンピョウが無性に食べたくなる。

カンピョウ巻きが呼んでいる。

ユウガオのひょうたんのような実を見て、それを紐みたいに剥いていき、天日に晒して乾燥させる。

それをまた水に戻して、甘辛く煮詰めて、歳をとるほどに焦がれるように、恋慕をパラパラと蒔いてみたりして――古人の仕掛けに、僕らは釣り上げられる、笑顔とともに。

走り去った救急車に、僕らは気づかない。

運びだされたのか定かでない、その人は、まだこの世のヒトだろうか。