晴れ。2度。全国をおおう強い寒波。
7時に起きる。
朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、キャベツ・大根・大豆・竹輪のサラダ、鶏ひき肉を混ぜたオムレツ、味噌汁(大根・玉葱・ネギ・人参・キャベツ・油揚げ・豆腐)、バタートースト、ルイボスティー。
妻はクワイアの稽古へ。夜遅くに戻る。
古書が届く。小林秀雄著『本居宣長(上)』(新潮社)。堀江敏幸・文、ポール・ヴァーゼン作『ポール・ヴァーゼンの植物標本』(リトルモア)。
同書のあとがきより――
2017年、夏の終わり。古道具屋の僕は、いつものように古いものを求めて異国を旅していた。プラタナスの葉が秋色に染まり始め、町はヴァカンスの余韻を残しつつも、カフェ・テラスでは地元の人々が穏やかに席を取り戻していた。ものを探すには気持ちの良い季節だ。
訪れた南フランスの蚤の市。早朝から散々歩き回り、よく知る骨董商の出店場所に立ち寄ったのはすでに昼前。良い仕事ができた商人たちはワインの栓を抜き始めていた。
今日はいいものが見つかったかい? とお決まりの挨拶も早々に、品物もまばらになった机の片隅で寂しげに佇む紙箱に目が留まった。僕はその姿にどこか惹かれ手を伸ばして箱を開けた。すると「Melle Paul Vaesen」という可憐な飾り文字と美しい押し花が目に飛び込んできた。この飾り文字にはどんな意味があるのだろう?
「Melleはマドモアゼル、つまりお嬢ちゃんが作った植物標本だ、名前はポール・ヴァーゼン」
表紙のようなその台紙をそっと捲ると、更に100枚ほどの美しい草花の標本が丁寧に収められていた。
昼餉は、クリーム餡パン、チャイティー。
蚤の市で古い植物標本を目にすることは今まで幾度もあった。それらは紙に挟まれ束になっており、大半は研究・教育機関等の流出品で、台紙に植物を無機質に貼り付けただけの理科的な趣が強く、有意義な資料であったとしても、僕自身心惹かれることは少なかった。そうした標本とポール・ヴァーゼンの標本は明らかに気配が違っていた。
僕はその場で、標本を一枚一枚我を忘れて見つめた。それらは小さな紙に絵を描くように丁寧に草花がプレスされていた。店主はおそらく19世紀のものだろうと話してくれたが、使われていた台紙の質からおそらく20世紀初頭のものだと僕は直感した。想像の域を出ないが、それでも100年ほどの経年に対し驚くほど良い保存状態で、最後の一枚まで野に揺られていた頃の色合いを淡くたたえながら、美しくその姿をとどめていた。見れば見るほど繊細な手仕事に魅了され、気づけば僕は草花たちが自分の店の空間に並ぶ光景を想い描いていた。迷わず箱ごと譲ってもらい、帰国したら必ず展覧会をしようとその場で心に決めた。
日本に帰ってから、手元の草花を眺めながらポール・ヴァーゼンがどういう人物だったのか思いを馳せていた。標本に筆記体で記された植物の学名と採取された場所から、僕は花の名を知り彼女の軌跡を辿った。そうしながら静かな手仕事に黙々と夢中になる彼女の姿を想像した。それは、一人の女性の眼差しを知る素敵な体験だった。
こうして同年の秋には展覧会というかたちで彼女の作品を多くの方に見ていただくことができ、この会をきっかけに、本書が作られることになった。ポール・ヴァーゼンの発見者として、大きな喜びを感じている。
アトラス 飯村玄太
夕餉は、鶏胸肉の唐揚げ、サバカレーの残り、赤ワイン。食後にジンジャーティー、きな粉でくるんだクルミ。
精細画の植物図鑑が好きである。となれば牧野富太郎先生の原色植物大図鑑が最初に浮かぶ。絵の素晴らしさは、この国の印刷技術の見本でもある。もちろんだが、原画はもっとすごい。見ているだけで豊かな時間が紡がれる不思議な力がみなぎっている。
精緻をきわめた植物図鑑を蔵する国は、それだけで幸いだ。心からそう思う。