似て非なる三角ゴンベ

 

 

 

 

 

 

 

晴れ、のち曇り。16度。

7時に起きる。

朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、味噌汁(玉葱・人参・小松菜・ネギ・油揚げ・豆腐)、ハムとピーマンを乗せたチーズトースト。食後にコーヒー、ウェハース。

本が届く。水上勉著『土を喰う日々: わが精進十二ヵ月(新潮文庫)。

「三角ゴンベ」という名の物体が、この世にはあるんである。開き戸や簡易戸締まりのドアに付いている凸の真鍮製の金具。ドアの凸はバネで引っ込む金具で(それを三角ゴンベというらしい)、ドアを受ける木枠に三角ゴンベが当たるとバネで引っ込んだゴンベが木枠に穿たれた凹の中に収まる。するとバネが働いて三角ゴンベはもとに戻り、ドアはきっちり閉まる。柔らかい開閉ができる発明品だ。

誰もが知っているし、世の男子は一度は修理した思い出がある三角ゴンベ。古いアパートや団地のドアとか押入れに付いていたやつ。

その三角ゴンベがこの古いアパートには当たり前に付いていて、長年の酷使によって錆だらけになりバネは弱くなり、ビスで留めた木枠もいつしか腐ってボロボロだ。浴室の三角ゴンベは引っ越してきた最初の夜に、機能を放棄していることが明らかになっていた。それをだましだまし使ってきたのだ。

ホームセンターで求めた三角ゴンベは648円もした。昔の商品はバネが三角ゴンベの中にすっぽり収まった精巧な日本製だが、今のはバネの構造全体が表に露見した手抜き製造の中国製だ。ドアへの組み付けに際しては、バネの部分を余計に穿たなければならない。部品の質としては後退している。昔のサイズと微妙に違うのはなぜだろう。その違いが、交換に際してちょっとした手間になる。

手元にまともな工具がないので、調整もままならない。1時間(!)ほどして、開閉するように組み付けられた。だがある日、ドアがなんの前触れもなくパカンと開いてしまうんだろう。それだけはわかる。

昼餉は、納豆、大根・人参・厚揚げ・竹輪・ウィンナーソーセージの煮物、レトルトのハンバーグ、野菜の中華スープ、玄米ご飯。食後にコーヒー、パウンドケーキ。

 

『土を喰らう日々』はこんな文章からはじまる――

 

 九つから禅宗寺院の庫裡でくらして、何を得したかと問われれば、先ず精進料理をおぼえたことだろう。禅宗は小僧を養育するのに、むずかしいことはつべこべいわずに日常の些細のなかへむずかしいことを溶かして教えるところがある。たとえば、何かを洗ったあとのわずかな水でも、横着に庭へ捨てたとする。見ていた和尚や兄弟子は一喝する。馬鹿野郎、粗末なことをするんじゃない、と。物を洗ったあとのきたない水だから、もったいないもあったものではない。なぜ叱られたかわからぬ。するとつづいてこんな言葉がかえってくる。一滴の水でも、草や木が待っておる。なぜ、考えもなしに、無駄に捨てるのか。どうせ捨てるなら、庭へ出て、これと思う木の根へかけてやれ。いわれて道理と思うが、ここで和尚や兄弟子にいくらかの学があれば、「むかし、滴水という和尚が、一灼の水を庭へ捨てた瞬間に、水を大切にすることを、師匠から教えられて、はらりと悟られた」などと、先師の行実を教えられる。

 何もかもがこんな調子だ。湯のわかし方、火の炊き方、雑巾のつかい方、箒の使いかた、茶の入れ方、呑み方、粥の炊き方、飯の炊き方、朝夕、誰もがやることをやっていて、自分では気づかぬことを知らずにおればすぐ、苦情が飛んできて、その都度、始祖たちが少年時代にささいなことから何を悟ったかを教えられるのである。

 

「むずかしいことはつべこべいわずに日常の些細のなかへむずかしいことを溶かして教える」――冒頭からこの調子だから堪ったものではない。禅宗の合理性は、欧米のうえをいく筋金入りだが、情けが底に流れている。神の情けというような借り物ではなくて、己のうちから湧き上がる情けだ。したがって教えるという一事に、育む時の流れを盛り込む。時にまかせて醸すのだ。だから即座の効用を退けて、含羞のうちに捨てさる。含羞を受け入れて、含蓄を待つ。見て盗め、というのはだいたいこういう含蓄になっている。

僕らは、小さいときから、言外に教えられているが、それを意識することは滅多にない。海外にあって彼の地の人々と交わったりすると、その微妙の差異に気づいて意識もする。

この国の教育はなっていないという識者がたくさんいる。近代からこちらの教育の是非など僕にはわからないが、教育などはどの国へ行こうが同じようなものだと思う。ヒトに育て上げるのは、社会生活を送るイロハとして必要な事柄くらいしかないと思えばいい。

だが、ほんとに教えなければいけないことは、大勢が集まった場でみんなで学ぶことのうちにはあまり存在しない。

そこだけ肝に銘じておくべきだと思う。

夕餉は、大根・厚揚げ・ソーセージの煮物、シュウマイ、味噌汁(玉葱・人参・小松菜・ネギ・油揚げ・豆腐)、玄米ご飯、ウィスキー・オンザロック。

夜、妻を米原駅まで見送る。彼女は東海道線で名古屋まで行き、夜行バスで自宅へ。東京ではクワイアのシニアチームのアテンドや練習なんかを。戻りは来週はじめ。