社会という決まり事

 

 

 

 

 

 

 

晴れ。17度。

8時に起きる。

コーヒー。

朝餉は、レタス・大根・コーンのサラダ、ウインナーソーセージと目玉焼き、味噌汁(玉葱・人参・油揚げ・豆腐・葱)、ブルーベリーを塗ったトースト、豆乳コーヒー。

妻と彦根の買取店へ。妻が古着を何点か。

仏壇を廃棄するにあたって、ご縁さんや仏壇屋にあれこれ相談するのだが、すべてはしょせん決まり事である。誰が決めたかというより、誰もが倣ってきたという伝えの時間が重んじられる。

そこに先祖やら故人への想いとか礼が入り込む。どんどん複雑になるようで、興味のない人にとっては倣うのが手っ取り早いということになる。

そこが決まり事の思う壺なのは言うに及ばずだが、困ったことに、経験した人は未経験者に教えたくなるのも、決まり事の思う壺なのだ。

マクドナルドで三角チョコパイとコーヒー。

続いていたガソリンや灯油の高騰が一息。米国の原油先物がわずかに値下がりしたとか。産油国はとうぶん増産しないらしい。

COP26は最大のCO2排出国が欠席して、大きな収穫もない。

カナダの太平洋岸地域で大規模な洪水。非常事態宣言が出ている。カナダ政府は、異常気象が引き起こした洪水の原因は温暖化にあると。

夕餉は、大根の皮と人参のきんぴら、クリームシチュー、ご飯、ヨーグルトをかけた柿、ウィスキーオンザロック。食後に煎餅。

仏教に限らず宗教は、決まり事が外堀を埋めている。知らずに入って、がんじがらめになる。禁忌を犯すと祟られると脅される。非常識だと謗られる。なにかと面倒臭いのだ。

本尊の魂抜きをするという時点で、偶像崇拝と言われても仕方ないだろう。その謗りを言い含める説明なら掃いて捨てるほどある。装置としての宗教は、社会にとって便利なものだから黙認するしかない。便利なものほど、その立場を犯すのは面倒臭いのだ。

小さな仏壇のために小さな本尊を買う。そして魂入れをしてもらう。幾らかの金が動く。

魂とは、この金の動きかもしれぬ。

 

 

 

 

 

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