開明とはほど遠いところで

 

 

 

 

 

 

 

曇り、夜に雨。14度。

7時に起きる。

豆乳、コーヒー。

朝餉は、納豆、かぼちゃと大根の鶏そぼろあん、焼き鮭、味噌汁(大根・人参・ナメコ・豆腐・ネギ)、ご飯、コーヒー。

『野生の思考』より——

 

 動植物の種や変種の名を詳細に書き出すために必要な単語はすべて揃っているにもかかわらず、「樹木」とか「動物」というような概念を表現する用語をもたない言語のことは、昔から好んで話の種にされてきた。ところが、「未開人」の抽象的思考への不適合性と称されるものの例としてこのようなケースを挙げるとき、まず第一に人びとは、抽象語の豊富さはただ文明語のみの特徴ではないことを証明する他の例がいろいろあることを無視してきた。たとえば北アメリカ北西部のチヌーク語は、人や物の特質や属性を示すために抽象語を多用する。「この方法は、私の知っている他のいかなる言語よりもチヌーク語に多い」とボアーズは述べている。「悪い男が哀れな子供を殺した」がチヌーク語では「男の悪さが子供の哀れさを殺した」となる。また、女の使っている籠が小さすぎることを述べるのに「女は、はまぐり籠の小ささの中にエゾツルキンバイの根を入れる」という。

 それに、どの言語においても、語彙の穴を埋めるのに必要な手段を文脈や統辞法が提供するものである。また次の例のように、逆の場合、すなわち極めて一般的な用語の方が種名にまさって用いられる場合が、同じく野蛮人の知的貧困の証拠として利用されることを見れば、前節にあげたような言い方の偏向性は明白となる。

「インディアンは動植物の中で有用なもの、もしくは有害なものにしか名をつけない。それ以外は十把一絡げにして鳥、雑草、などと呼ばれる」

 

昼餉は、食パン2枚、豆乳。

レヴィ=ストロースが人類学を構造主義によって解き明かそうとしたとき、すべての解答が冒頭のこの文章に象徴されていたことは、今なお驚き以外のなにものでもない。

それはやがて、マルセル・モースの贈与論を経て、価値があるから交換されるのではなく、交換されるから価値がある、という地動説へと昇華されていく。

近代経済学の富の分配におけるこのコンテクストは警鐘として常に銘記されるべきかと思う。

早い夕餉は、冷奴、大根の葉と人参のきんぴら、カボチャと大根の鶏そぼろあん、小松菜・シメジ・厚揚げの卵とじ、味噌汁(大根・玉葱・人参・ナメコ・ネギ・レタス)、玄米ご飯、ウイスキーオンザロック、ピーナッツロースト。

Appleは、iOSiPad OS15.1をアップデートしてRCをリリースした。

MacBook ProAirPodsなどのラインナップを刷新している。MacBook ProのファンクションキーやMagSafeI/O周りを元に戻している。自社開発のCPUはバージョンアップ。

インテルのCEOが、またいつか我々のCPUを使ってもらえる日が来ることを願っている、と。

 

 

 

 

 

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