The Ballad of Buster Scruggs

 

曇り、日差し。26度。

7時に起きる。

麦茶、コーヒー。

コーエン兄弟の脚本・ディレクションによる映画『バスターのバラード』より、オレゴンを目指す幌馬車隊で、未開の地へのガイドを務める男と、兄が客死して一人旅をする羽目になった若い女の会話——

 

女 兄には万能の格言がありました。「素早く知恵を使え」というものです。とても自信家だった。確固たる政治的信念があって、すべてにおいて揺るがなかった。信念がないことをよく怒られました。確信が持てなくて……それは欠点ですよね。

男 そんなのは欠点じゃない、違うよ。不確実……この世にはそれが適っている。僕らが確実さを授かるのは、次の世界かもしれない。

女 そうね……

男 見て触れるものの確実性は多くが理に適っていない。ずっと遠い昔から、残ったものはない。なのに人々は新しいものにすぐ走る。それは、気休めだと思う。確実性は苦労のない道だ。

女 「命に至る門は狭く……

男 「その道は細い」。確かに、それは本当だ。

昼餉は、オレンジマーマレードを塗った食パン、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ、麦茶。

男は、この夜の会話の前に、天涯孤独になってしまった女にプロポーズしている。女は、男の言葉が沃野のように心を満たしていくのを感じる。結末には、意外な物語が用意されていて、それが人生を彩る綾であることを僕らは痛いほど知る。

西部開拓時代のこのオムニバスには印象的なストーリーがいくつかある。四肢を失ったボードビリアンとその興行師の旅の行く末も忘れ難い。英国の詩人、パーシー・シェリーの『Ozymandias』をボードビリアンが朗々と謳うシーンはなかなかの出来だ。

夕餉は、バナナ、チャーハン、麦茶。

ちなみに『Ozymandias』は、詩における英語の簡潔性と到達力が一体化した見本のような存在だ。曖昧な言語に四苦八苦している民族にとって、意味におけるこの内包と外包の両立性には絶句する。

 

 I met a traveller from an antique land

  Who said: Two vast and trunkless legs of stone

  Stand in the desert. Near them on the sand,

  Half sunk, a shatter'd visage lies, whose frown

 

  And wrinkled lip and sneer of cold command

  Tell that its sculptor well those passions read

  Which yet survive, stamp'd on these lifeless things,

  The hand that mock'd them and the heart that fed.

 

  And on the pedestal these words appear:

  "My name is Ozymandias, king of kings:

  Look on my works, ye mighty, and despair!"

 

  Nothing beside remains: round the decay

  Of that colossal wreck, boundless and bare,

  The lone and level sands stretch far away.

 

 

f:id:Tosshy:20210623093108j:plain