味方になるということ

 

雨のち薄日。21度。

3時に起きる。

日の出前に家を出て、第二東名を使って米原へ。女房が400キロの全区間を運転した。昼前に到着。隣に座っているだけでも疲れたが、彼女は危なっかしいところもなく、余裕をもってハンドルを握っていた。

朝食を兼ねた昼餉は、サービスエリアでおにぎり、ドーナッツ、ほうじ茶。

注文した本が届いていた。土井善晴著『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)、アントワーヌ・デュ・サンテグチュペリ著、池澤夏樹訳『星の王子さま』(集英社)。

遅い昼餉は、フレンチフライ、チーズバーガー、コーラ。

土井善晴という人は、飾らない。

作る料理がぎりぎりのところで飾らないのである。その一線が目に見えるようにこちらに伝わってくる。すべてを見たり読んだりしたわけではないけれど、この人はその一線を越えないだろうと思わせる。誓っていることは自ずと伝わるものだ。

純朴にも見える、その飾らなさ加減が物足りないと映る。そう受け取って、土井善晴を相手にしない人もけっこういるんじゃないかと思う。

彼は、そういう人をはなから相手にしないと、これも誓っているフシがある。僕にはそれが伝わってくる。

固く誓った人は、おのずと潔いい。潔さが文章に現れているので、わかりやすいのである。世の中には、簡潔を裏読みする邪心があるので、そこでも土井善晴は戦っているように見える。

夕餉は、きんぴらごぼう、鳥の唐揚げ、味噌汁(人参、玉ねぎ、豆腐、エノキ)、ご飯。食後にコーヒー、クッキー。

彼が届けたいと思っている意を、僕はまっすぐ受け止めた方がいいと感じる。意が意のまま飾らずにある場合、それはありがたく受け取るべきと信じるからだ。

彼の本を買うということは、彼の側に付くことにほかならない。

 

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