物言えぬ人々

 

曇りのち晴れ。25度。

6時に起きる。

朝餉は、キャベツとレタス、パプリカ、玉ねぎ、ピーマン、ツナのサラダ、味噌汁(人参、小松菜、玉ねぎ、ジャガイモ、豆腐)、ハムとスクランブルエッグ、トースト、豆乳。食後にコーヒー。

UNICEFへの募金は、毎月引き落としで20年以上続いた。僕にとってはけっこうな金額だった。しかし、欲にかられて買った物に比べたら、結局、それは微々たるものだったことになる。買ったぶんを寄付していたらと思う。国境なき医師団へもできたのに。

当時は気づかなかったことに今さら気づく。それは、不幸中の不幸だ。誰もが、臍を噛んでいる。だが、この臍は僕だけのものだ。でなければ、なんの臍かと思う。

女房はクワイアの打ち合わせへ。遅くに帰る。

昼餉は、抜き。

10キロをジョグ。

UNICEFに関することなら、2年前に書いた時と気持ちは同じだ。

 

コーンベルトと呼ばれる、おもに中西部に住んでいる根っからのアメリカ人の暮らしは厳しい。手取りがまったく増えないのは当たり前で、安定した仕事も見つからない。明日の展望が見えない。ずっと我慢を強いられている彼らの人生は、僕らの想像以上に過酷なのだ。

日本のマスメディアは、アメリカ人の窮状を伝えていない。新しい大統領の訴えていることの本質を探ろうとしない。彼はたしかに勉強不足のアジテーターかもしれないが、彼の言説が誰に向けられたものか、常に背景を報じ続けてほしいものだ。彼に票を投じた、保守的で勤勉で我慢強いアメリカ人たちは、大きな声を出さないが、そのぶん彼らの一票はずしんとくる。

彼らは、大統領就任日にワシントンに来たりはしない。祝うためであっても、反対のデモをするためであっても。そういう金すら持っていないのだ。

しかし、アポロを月へ向かわせたのも彼らだし、日本の子供たちに食料支援を続けていたUNICEFを、中心になって支えていたのも彼らだ。ちなみに、その食料支援は東京オリンピックが開催された64年まで続いていた。当時の日本は、実のところ、まだ子供たちを満足に養えていなかった。

世界の安寧と自分たちの繁栄を、黙々と働きながら求めてきたアメリカ人は、今、暮らしに汲々としている。

新しい大統領が、誰のために働こうとしているのか、それは彼がたびたび語ってきた。その言葉に耳を澄まさず、彼のことをネジが一本足りない保守主義者のようにしか報じられない日本のメディアの言説は、いつか来た道を思い起こさせる。

掘り下げてくれるだけでいい。それがどれほど時間がかかり、明晰な思考と丈夫な靴の必要な仕事であることか、日本のメディアはわかっていないように見える。

 

夕餉は、キムチ、焼きそば。

 

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